「お四国参り」再開
話は10年ほど前にさかのぼる。
結婚して数年、子供の出来なかった我々夫婦は、嫁の提案もあって四国八十八カ所の参拝を始めた。
全国から巡礼に訪れる八十八カ所の「本場」に長年住んでいる私だが、それまでは全く興味を持たなかった。一方、嫁は割と信心深い方なので、「一度行ってみたい」と思っていたらしい。
と言うわけで、何となく始めた「お四国参り」だが、それぞれのお寺で「納経帳」と言うB5の帳面に納経(筆で書いた字と朱色のハンコ)してもらうと言うスタンプラリーみたいなものだし、お寺ごとに違う趣も興味深くて、それなりに楽しんでいた。廻り初めて知った事だが、「お四国参り」をしているのは、お年寄りばかりじゃなくて、結構若い人(アベックや一人だけの人も)と一緒になった。
結局、何度か1・2泊の旅行に引っかけたりして、高知県と徳島県の全部と愛媛県の大部分を廻ったところで、嫁が息子を妊娠して「残りは子供が大きくなったら廻ろうか」と言っていた。
ところが、私が数えで42歳の厄の前厄を迎えたあたりから、私の周辺で不幸事が続くようになった。親や息子が体調を崩したり、隣の家が火事にあったり、それらの影響で旅行をキャンセルしたり、最初は「偶然だろ」と思っていたが、あまりに続くので「やっぱり厄の影響か」と思うようになった。
幸いというか何というか、私と嫁には特に何も起きないが、だからと言って何もしないのもアレなので、後厄までに八十八カ所を廻って高野山にも行ったという友達に倣って、「お四国参り」を再開することにした。


お寺の順番から言っても最後に廻るのは香川県と決まっているので、この連休中に愛媛県の残りを廻る事にする。まずは、八十八カ所の中でも山の上にあって「難所」と言われている横峰寺へ。
松山から1時間30分ほどのところにある山の上を目指して、クルマでどんどん登る。途中の道が狭くなったあたりで、参拝用のバスに乗り換える。ここからも、自分のクルマで登れない事もないが、先に参拝に来た父母の助言に従いバスを選んだが、クネクネ道がかなり長く続いたので、運転しているよりは楽なのは確かだ。
「何を考えてこんな山の上にお寺を建てたのか?」と思えるようなところに立派なお寺が建っている。連休を利用して廻っている人が多いのか、結構な人が来ていた。やはり年配の人が多かったが、中に本上まなみ風のメガネをかけた若い女性なんかもいた。
納経帳に書いてもらって本堂と大師堂を参拝した後、山を下って、愛媛県の東の端の四国中央市(旧川之江市)にある三角寺へ移動する。こちらも山の上だが、横峰寺ほどではない。
こちらの方は、横峰寺よりも人手が少なくて、静かで落ち着いた感じ。こちらも、納経帳に書いてもらって参拝して山を下りる。
その後、伊予三島(あ、4月からは四国中央市か)の翠波高原で菜の花を見たり、その近くに住んでいる嫁の友達の家に寄ったりしながら、高速を使って家に帰る。松山から高松の高速道路は、全線が片側2車線に拡張されているので、すいすい走れて快適。明日1日働いて次の5連休にも、今度は愛媛県南部のお寺を廻る予定でいる。