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2006年09月30日

悲願の○○

精神面のテコ入れ
 今日は、息子のソフトボールの公式戦の日。試合開始が15時30分頃とやや遅めなので、昼前に小学校に集合し2時間ほど練習する。

 練習の初めに、前の試合が(負けたのは仕方ないとしても)気合いが入っていなかったことについて、技術面は別としても、カントクとしてもう少し何とかしてやれるのでは?と思い、子供達に「今日の試合は、エラーしても三振してもピッチング内容が悪くても仕方ないが、2つのことを約束して欲しい」と言った。

1.大きな声を出す事
2.攻守交代の時には全力で走る事

 技術面でも精神面でもそんなに簡単に進歩しないと思うが、この2つぐらいなら気持ちの持ちようで何とかなるはず。子供達も、これまでの2戦については、色々と反省があるようで、言ってる事はわかってくれたようだ。

総監督登場
 弁当を食べた後、試合会場へ移動。

 今日は1部も公式戦を2試合戦っているが、時間の都合がちょうど良く、試合直前に総監督が来てくれた。私としても心強いが、子供達も急にテンションが上がったようだ。カリスマ性がある総監督が来てくれて、いい意味で緊張感を持ちながらやる気を出す要因にもなったようで、ホントにありがたい「援軍」だった。

 今日の対戦相手は、以前、「会長杯」でまぐれで勝ったH校。全員が5年生のチームで、ピッチャーのコントロールに難があったが、守備も打撃も手堅くまとまったチームだった。その後、ピッチャーのコントロールはかなり良くなったと言う噂を聞いてるので、かなりの苦戦が予想された。

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(カントクをやってると、試合前後も忙しくて、結局↑こんな写真しか撮れない)

先発オーダーは…
 さて、問題は先発投手。T君(4年)と息子の4年生投手の2本柱は、順番に登板した試合でどちらも打ち込まれて10点以上失点した。

 総監督は、この2人を評して「剛のT、柔のU(息子)。どちらも特徴があって面白い」と言ってくれるが、それは、どちらにも欠けてるものがあることの裏返し。(コントロールとスピード)

 先週の練習中、どうしたものかと総監督に相談したところ「それほど強打ではないH校相手なら、(ヘロヘロ球だが)ストライクが入るUを投げさせよう」と言ってくれたので、ローテーション(?)を崩して息子の先発とした。それ以外のオーダーも、総監督のアドバイス通りとした。

 当然のことでもあるが、私がカントクと言うことで、息子が他の子供よりも先に情報を知るという不公平がないように配慮して、本人には試合前のオーダー発表まで、「先発投手」と言うことは伏せておいた。(それ以上に、プレッシャーで前の日に眠れないといけないので)

試合開始
 我が校先攻で試合開始。

 試合経過は、せっかくなのでスポーツ新聞やインターネットのスポーツ専門サイト風に詳細を書いておこう。

1回表(攻撃)
先頭打者の息子が三塁ゴロで凡退した後、パスボールと内野安打でランナーを出し一死一二塁と攻めるが、後続が凡退し無得点。

1回裏(守備)
一死からエラーのランナーを出したが、二塁盗塁をキャッチャーが刺して3人で切る。内野ゴロ2つ。

1回終わって0-0
 息子には、前回の登板で「ストライクを取らないと」との思いばかり強くて、ノーワインドアップで球を置きに行く投球が多く痛打を浴びていた反省から、「ある程度コントロールが乱れてもいいから、思い切り振りかぶって大きなフォームで投げろ」と指示していたが、一応言った通りに投げていた。
 初回を無失点で切り抜けたのは、今大会初めて。



2回表(攻撃)
下位打線が打てず三者凡退。

2回裏(守備)
無死からセカンドゴロを打たれ二塁手がはじくが、二塁に進んだランナーをライトが上手くカバーして二塁でアウト。続く2人も内野ゴロで3人で終わる。

2回終わって0-0
相手のH校は、全員が「右投げ左打ち」と言う「ドカベン」の「信濃川高校」のようなチーム。そのため、思った以上にセカンド方面に打球が飛んだが、左打ちを練習中なのか、あまり強い打球が飛ばなかったのに助けられた



3回表(攻撃)
四球のランナーを1人出してワイルドピッチで二死二塁としたが後続が凡退し無得点。

3回裏(守備)
息子の制球が乱れ、四球を2つ出して一死二三塁のピンチに、キャッチャーが牽制球で三塁ランナーを刺す。その後、また四球とライト前安打で二死満塁のピンチを迎えるが、次の打者がピッチャー前のゴロ。息子が無理な体勢でなんとか捕ってその場に転んでしまうが、座ったままで一塁に送球して間一髪アウト。非常に危なかったがなんとか無失点で終える。

3回を終えてもなお0-0
まったく、コントロールだけが売りのピッチャーが制球を乱してはいけないと思うが、3回まで0-0と言う緊迫した試合のプレッシャーだろうか?



4回表(攻撃)
無死から死球で出たランナーが牽制球で刺された後、二死無走者から四球で出たランナーが二盗三盗を決めて二死三塁から、相手ピッチャーの投球がワイルドピッチとなり、三塁ランナーが帰って見事1点先制!と思ったら、バッターに当たっていて(死球)得点とならず。結局次の打者が三振して無得点。

4回裏(守備)
息子が制球を取り戻し、内野ゴロ3つで三者凡退。

4回終わって0-0
「やっと先制!」と思ったが、ワンバウンドしたボールがバッターにかすっていて、無得点。押していながら点の取れない嫌な展開になったが、息子の方は、冷静さを取り戻しナイスピッチングだった



5回表
一死から息子が内野安打で出塁。二盗三盗を決め次の打者が四球を選び一死二三塁。次の打者は三振で二死となったが、ここで四番のT君(5年)がレフト前にクリーンヒットを放ち、遂に正真正銘の先取点を上げる!
しかも、次のT君(4年)がレフトの横を抜ける3点本塁打を放ち合計4点を取る。

5回裏
二死から内野安打でランナーを出したものの後続を断ち無失点。内野フライ2つ。内野ゴロ1つ。

5回終わって4-0
遂に我が校がリードを奪う。リードできたのはこのリーグ戦で始めての事になる。



6回表
スタミナが切れたのか、相手投手の制球が乱れ始め、死球3つとワイルドピッチに内野安打2つを絡めて3点を上げる。

6回裏
時間的に最終回。
いずれも初球打ちの内野フライと外野フライであっさり二死。このまま完封かと思ったところ、4番打者に右中間を破る本塁打を打たれ1点を失う。その後、内野安打でランナーを出したものの、最後の打者をショートゴロに打ち取って試合終了。



 見事に7-1で後期リーグ初勝利をあげた。

後期リーグ
第3戦目
123456
自チーム0000437
H校0000011

 息子のピッチングは、外野に飛んだ安打が2本(1本が本塁打)、四球3つ、三振がゼロ、といい意味でも悪い意味でも特徴を出した。(それ以外に内野安打またはエラーで4人の出塁を許す)

 後1人で完封を逃したのはつくづく惜しいが、4年生の新米ピッチャーが全員5年生のチームを1点に抑えたんだから贅沢は言うまい。

 まあ、三振がゼロと言うのもいろんな意味でスゴイと思うが、それで1点に抑えたというのは、よっぽどバックが良く守ってくれたって事だろう。多少はエラーもあったが、みんなが集中力を切らさずにプレーしてくれたおかげだ。

カントクとして貴重な一勝
 ともかくこれで私は、カントクとして公式戦初勝利。どうせ、このリーグ戦の4試合だけのカントクだが、「4戦4敗」しか結果が残らないのもアレだなと思っていたところ、これで次の試合を落としても「1勝3敗」の記録は残る。

 子供達にとって、このリーグ戦が4戦全敗だったとしても、間違いなく有益な経験だったと思う。もしかすると負けた方が、変に奢らずに頑張って練習したかもしれない。しかし、特に私自身にとって、せっかく貴重な4試合だけのカントク経験の中で、公式戦の1勝はとても大きな「結果」だった。

「ここに負けるとは…」
 試合後に相手チームの監督さんが挨拶に来てくれたが、冗談で「もうやめます」と言っていた。どうも、「このチームに(だけ)は勝てる!」と思っていたらしい。まあ、実力ではそう思われても仕方ない。ただ、総監督のおかげか、今日の我が校はこれまで2試合とは別人のような集中力を見せていたので、「相性が悪い」とでもあきらめてもらうしかないか。

あと1試合
 ともかく、選手の頑張りで念願の「後期リーグ1勝」を上げることができた。午前中から練習をして、試合開始が遅かったこともあり、学校に帰って解散するときはすでに薄暗くなっていたが、みんな「やり遂げた」みたいな満足感で一杯の顔をしていた。あと1試合も、勝ち負けは別にして、悔いの残らないように頑張ってもらいたい。

2006年09月27日

半期末につき多忙

 絵日記の更新が遅れている。

 大きなイベントが目白押しで、「10行書いて写真を付けて更新終わり」といかないのも原因だが、それ以上に仕事が忙しくて帰宅が遅いのも大きな原因になっている。

 まあ、これに関しては多くのサラリーマンの方と同じだろうが、9月末というのは、半期末で決算期を迎える会社も多く、目標達成とか実績数字とか色々と大人の都合があって仕事が増えてしまう。

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 それでも、帰宅が午後9時過ぎ程度の話なので、もっと忙しい方々に比べれば「楽なんもんじゃん」と言われそうだが、それに加えて、9月下旬はフォトキナの時期なのでそっちの方の影響もある。

 ドイツで行われる2年に1回の「カメラ祭り」であるフォトキナは、自動車で言えばモーターショーみたいなものだろうが、毎回、このフォトキナの前に各社が(それなりに注目度の高い)新製品を発表するため、「デジタルカメラ情報サイト」である「デジカメジン」としては、更新する記事の量も多くなる。

 そんなこんなで、絵日記の更新が1週間以上遅れているが、(個人的には)それなりに重要なイベントが続いているので、徐々に追いつけるようにマイペースで更新していこう。

2006年09月24日

久しぶりの半日休

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 休みの日は相変わらずソフトボール。それでも、今日は久しぶりに午前中で練習が終了する。

 河川敷や他の小学校で弁当を食べて夕方まで試合と言うのもそれなりに楽しいが、あまり続くと疲れるのと他のことがやりたくなるので、こういう日もありがたい。

 せっかく時間が空いたので、息子を連れて「ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟」の映画でも観に行こうかと思ったが、練習を終えた息子が、速攻で友達と遊ぶ約束をしてたので断念。

 ゴロゴロしているうちにいつの間にかウトウトしてしまったが、「せっかくの自由時間を有意義に使おう!」と、超久しぶりにカメラ(『E-1』一式)を抱えて自転車で外出。近所の公園や河原で、花の写真を撮る。

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 何の準備もなく出かけてそんなにいい写真が撮れるわけもないが、オリンパスの50mmF2.0マクロはホントにいいレンズだ。

 天気のいい日はたいていソフトボールがあるので久しぶりだったが、やはり写真を撮るのは面白い。時間が空けば、山に紅葉でも撮りに行こう。

2006年09月23日

運動会2006

 2学期が始まったばかりの気がするが、今日は息子の小学校の運動会の日。

 新しい校長先生が独自カラーを出してきたのか、これまでと色々なところが変わっていた運動会だが、恒例の「朝の場所取り」開始時間も、7時からと言う早さ。

 我が家は、テントの下で座っているより競技によって移動した方が便利なので、やや離れた場所にシートかテーブルを置くことにしているが、念のため場所を確保するために7時直前に小学校に行ってみた。

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 既に、数十人の列が出来ていた。皆さん熱心です。

 7時きっかりに先生方の誘導で場所取りを開始。走る人こそいなかったが、みんなそれなりに早足で歩いて主にテントの下を確保。

 私と嫁は、折りたたみ式のテーブルを抱えてテントからは少し離れた国旗掲揚台の前当たりの場所を確保。

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 こんな場所を確保したのは我が家だけだった。並ばなくても余裕で場所をとれたらしい…

 そんなこんなで、運動会開始。

 予定通り、デジカメ(『E-1』+「50-200mm F2.8-3.5」+「1.4倍テレコン」)を抱えて、競技によって場所を変えながら写真を撮った。

 主にソフトボールの関係者を中心として知り合いのお子さんの数も徐々に増えて、今年は1年生から6年生まで(ほぼ)全ての競技の写真を撮った。

 周りと見渡すと、『D1H』で始めて運動会に臨んだ5年前はもちろん、去年でも一眼レフカメラはまだまだ普及していなかった印象だが、今年は、『EOS KISS DIGITAL』系や『D70』系のデジタル一眼レフカメラを普通に見かけるようになった。

 さて、今年の装備は、去年の『E-1』+「50-200mm F2.8-3.5」でもやや望遠が足りない気がしたので、テレコンを足してみたが、それが原因か、手ブレやピンぼけの写真も結構あった。それでも、秒3.3コマの連写モードで撮っていたので、なんとか運動会らしい写真が何枚か撮れた。

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 ところで、「運動会の花」と言えば「クラス対抗リレー」だが、息子は今年もなんとか「男子4人+女子4人」のクラス代表選手に選ばれた。

 こういう競技に縁がなかった私にとって、ともかく息子が選ばれること自体が嬉しい。

 さて、今年の息子は、ほぼ「第5か第6走者」という予定で練習していたらしいが、第1走者の子が、担任の先生に「変えて下さい」と直訴した影響で、突然先生から「○○(息子)!お前が先頭で出ろ」と言われた。それまで「中盤のつなぎ」程度で割と気軽に考えていた息子にとっては、突然大役に変わってしまいもの凄いプレッシャーを感じているようだった。

 まあ、先生としては、1番速い子をアンカーにして、2番目に速い息子を先頭に走らせるという作戦に変えたとしても仕方ないが…

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↑入場待ちの時の表情も、非常に硬くて別人みたい。
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↑「第1コース。黄色組さん」とか言われて、手を上げてこたえると言う段取りだったようだが、硬い表情ながらなんとかこなせていた。
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 いよいよスタート。息子は、隣の子がフライング気味に飛び出したのに比べて、少し遅れたがなんとか無難にスタートした。

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 その後も、強豪揃いの第1走者に混じって、なんとか3位に着けて次の走者にバトンを渡せた。4人中の3位と言っても、先頭と1馬身(馬じゃないか)以内で次に繋げたので、第1走者としては、まあ合格点だと思う。

 その後、第6走者あたりまでは、1から2馬身以内に4チームがひしめく接戦で、「これはアンカー勝負か?」と思わせたが、第6から7走者で差がつき、結局息子のチームは最下位だったが仕方ない。

 息子の頑張りには感激したので、選手スペースに帰ってきた息子に「グッジョブ!」と声をかける。本人は、「4人中3位」という順位に不満げだったが、突然言われて走ったにしては上出来だろう。こういうプレッシャーがかかる場面を経験できるというのは、滅多にないことなので貴重な経験を積めて、ソフトボール活動にも生かせるだろう。(多分)

 午後3時前には終了したので、ソフトボールの試合がある日よりは早めに帰れたが、それにしても疲れた。RAWとJPEG合わせて、300枚以上撮ってしまった。

2006年09月18日

結局…ソフト漬けの三連休

知らないところで…
 上級生のお母さんが、知り合いのH校(よく練習試合でおじゃましている)の父兄から、「あの(馬鹿でかい)カメラで写真撮っていた人、本当に監督になったんですね」と言われたらしい。

 どうも、偶然このサイトを見つけて、それ以来読んでくれているようだ。(「会長杯」とか「坊ちゃんリーグ」と言ったソフトボールの大会名で検索したんだろうか?)

 そう言う方がいたら、試合会場で遠慮なく声をかけてください。

公式戦第2戦
 さて、今日は朝の9時から後期リーグ戦の2戦目。相手は、割と強豪(らしい)M校。

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 朝9時の試合なので、7時過ぎに学校に集合して移動。ちょこっとアップしたらすぐに試合が始まった。

 先発オーダーは、昨日総監督と相談した通りに、息子を先発投手として、これまでショートを守っていた5年生のT君をサードにして、第1戦の先発投手のT君をショートに入れる、と言う新オーダーでのぞんだ。

 先攻の我が校は初回無得点。その裏、いきなり先頭バッターを四球で出すと、次の打者のバント処理を誤って無死一二塁。息子に動揺したのか次の打者に死球を与えてあっという間に無死満塁のピンチ。

 ここは、間を取ってやろうと守備タイムを取って「落ち着けよ」とありふれたアドバイスをしたが、次の打者に外野の横を抜ける当たりを打たれて、満塁ホームランになってしまう。

 その後も、制球も守備も定まらず、毎回5-6点を取られて、5回終了時で16-0と大敗。

 息子の投球自体は、2回途中からさすがに落ち着いたのか、本来の制球の良さを取り戻して、ほぼ無四球と持ち合いを出したはずだが、いかんせん球威不足で上位打線には打ち込まれる。実戦で投げるにはまだまだ力不足か…

 チーム全体では、負けていてもよく声が出ていた前試合と比べて、気合いが入っていない感じで守備のエラーも多かった。負けているから元気がなくなったのか、元気がないから負けたのか…。そこら辺は、ニワトリとタマゴ論になってしまうが、人間に何かをさせると言うのは理屈でもなくて言葉でもなく、なかなか難しい。

反省会
 試合後には、スコアやエラーの数よりも、選手達の気持ちが見えなかったことに対して(出来る限り)強い言葉で叱責してみたが、上手く伝わったのかどうか…


「来年のチーム」3連戦
 その後、弁当を食べて1部チームが練習試合をやっているH校へ移動。

 この会場では昨日に続いて5年生以下でチームを作って試合する。

 1部チームの大部分が弁当を食べてるうちに試合が始まったので、先発オーダーは、1部でも主戦として投げている5年生のF君と2部チームで組んで試合を始める。

 第1戦は、伊予市の女子チームで、相手チームの監督曰く「うちのピッチャーの球は、速すぎて打てんと思うよ」と自信満々だったが、コントロールが悪い上に球威もそれほどでもなく、順調に得点を重ねて勝ち。

 途中で昼食を終えた1部チームの4年生と交代させつつ出来上がったオーダーは、昨日に続いてだが、個性に富んだメンバーが顔を揃えていてなかなか面白い。このメンバーで2部のリーグ戦を戦えたら、もっと善戦できるはずだが、それは無理な話…

 息子は、サード・レフト・センター・セカンド・ファーストといろいろな場所を守らせてもらったが、特に大きなミスもなく無難にこなせていた。

 何より、2部の選手も含めて皆声がよく出ていて、監督が違うとこうも精神面で違いが出るのかと驚いた。

 私の仕事は、試合前に監督から先発オーダーを聞き取って例のオーダー表に書いて、選手に発表する係と、背番号30のユニフォームを着ていたからか、一応試合の中での選手交代の指示や審判への報告を担当した。

 何に限らずだが、こう言う補佐役というか、決断する人がいてそのサポート役と言うのは、私にとって向いているポジションのようだ。何しろ控え選手が10人もいるので、オーダー表は非常に役に立った。

監督「レフトをやれる奴は誰が残っている?」
私「○○と△△と××がいます」
監督「△△で行こう」
私「△△!次の回からレフトな。□□!お疲れさん。交代ね」

と言った会話がスムーズに出来た。

 前から、

「ブルペンの方はどや?」
「福間ができとります」

とか言う会話に憧れていたので、なかなか楽しかった。(なぜ「福間」かと言うのは、まあ置いといて)

 次の2試合は、地元のH校と連戦で、1勝1敗。終わったのは5時30分過ぎとそろそろ日が暮れる頃。試合終了後急いで小学校まで帰って解散したが、既に暗くなっていた。

 と言うわけで、3日連続で昼は外で弁当を食べるというソフトボール漬けの連休も終了。さすがに疲れたが、息子達はそれなりに楽しそうだったから、天候が持ってくれて良かったんだろう。

2006年09月17日

来年のチーム

秘密兵器投入
 昨日のミニソフト大会で選手の交代を指示していたところ、端で見ているより大変で複雑なことがわかった。

 特にミニソフトの試合は1チーム11人なので、よけいにわからなくなって、「カントク!セカンドがいません!」みたいな事態が何回もあった。

image 「このままではいけない!」と、衰え行く脳力を道具でカバーするために、寝る前にエクセルのオートシェイプを使って、←このような「オーダー表」を作ってみた。(画像は、エクセルファイルにリンクしています。万一必要な方がいたらダウンロードしてください)

 上の図の方に守備につく選手の名前を書いて、その後に下の表に打順を書き込む。右の表には控えの選手名を書いておいて交代したらチェックを付ける。

 実際に使ってみて不満な点があれば、改良していこう。

台風接近中だが…
 「今年最も強い勢力」と言われている台風13号が接近中で、もしかして四国にも上陸するかもと言われているときに何だが、今日は、前々からソフトボールの練習試合が予定されていた。

 昨日のミニソフトの大会は何とかできたが、「今日はさすがに中止だろう」と思いつつ朝起きると雨は降っていない。どうも、台風はやや西よりの進路をとったようで、天候が崩れるのが遅れたらしい。少なくとも午前中は試合できそうだ。

急遽移動
 予定通りの時間に集合し、クルマで20分ほどのところにあるT校へ行ったが、着いてすぐに「2部はF校に移動してください」と言われる。

 どうも、T校がいろんなチームに声をかけたところ、誘われたチームがほとんど来たため、合計14チームが集まってしまったらしい。

 この数では、楽々2面の試合会場がとれるT校でも、各チームが1日中待っても2試合しかできない。そのため、2部のチームだけは別の会場に移動して、午前中だけでもそちらで試合しようと言うことになったらしい。

3連戦
 あわただしくクルマで10分ほどのところにあるF校に移動して、試合に向けて準備する。

 なお、今日は中学校の運動会と重なっていてお兄さんお姉さんが中学生の父兄は不参加な上に、1部と別れてしまったので、男性の父兄は私一人。総監督も1部の会場にいるので、男性の監督コーチ陣は私だけと言う事態に。

 着いてすぐに、その小学校の監督らしき人に挨拶に行くと、「準備ができたら試合しましょう」と言ってくれる。

 早速準備して、「50分試合」と言う時間制限の中試合開始。第1戦の相手は、いつも練習試合でおじゃましているH校。

 この試合は、息子を先発させてみる。相変わらずヘロヘロ球だが、コントロールはまあまあで相手を3点に抑える。相手投手のコントロールが定まらず四球とワイルドピッチが続き大量点を取って12-3で勝つ。

 第2戦は、これまで何度も大敗していたF校。こちらの試合は速球派のTくんを先発させる。

 1回の表に先攻の我が校は、いきなり無死満塁のチャンス。ここで、4番のT君(5年生)がこの日一番の当たりを放ち、満塁ホームラン。

 その後も追加点をあげて6点を取ったものの、相手もよく打ち最終回に同点に追いつかれたが、何とか守って引き分け。

 これまでの借りを返したとまでは行かないものの、チーム力が向上したところを見せた。

 第3戦は、強豪のK校。この試合は、T君と息子を順番に投げさせたが、スタミナが切れたのか打ち込まれて11失点。相手の好投手の球が打てずに敗戦。

 ここまでの3試合、1勝1敗1分けとまあまあの成績だが、何しろ連続で3試合行ったため、選手共々かなり疲れた。

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 選手も父兄も「お腹いっぱい」と言う感じで「弁当食べたら帰ってもいいなー」と思っていたが、総監督に電話したところ「こっちの会場に来て試合しよう」との事。仰せの通り、早速移動する。

来年のチーム
 メイン会場(?)のT校では、1部チームが3試合ほどやったそうで、「弁当食べたら2部の試合があるのかな」と思っていたら、総監督から「5年生以下でチーム作って試合するぞ」と言われる。

 なるほど。1部と2部に別れている5年生以下でチームを作って試合したことはなかったが、これが後期リーグが終わった後の「新チーム」または「来年のチーム」って事になるのか。

 ここで、例の「オーダー表」を持って総監督に先発オーダーを聞く。

 5年生3人が、ピッチャー・キャッチャー・サードを守り、1部でやっている4年生3人とともに息子もなんとかセカンドで先発出場。

 その後、私からオーダー発表をさせてもらったが、このオーダー表が大変役に立った。

 このチームは、長打を打てる選手は少ないが、器用で足が速い選手が揃っており、人材が豊富な感じがする。

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 試合は、強豪のS校を相手を相手に一歩も引かない接戦となり、雨が降り出して試合終了となった時点で3-2とリードしていた。

 「新チーム」。なかなか期待できそう。

2006年09月16日

ミニソフト大会

 台風の接近と秋雨前線の活発化で「降水確率80%」とかの中、「ミニソフト大会」と言うイベントがあり、実際に出来るのか半信半疑の中、海岸近くにある別府町グラウンドへ行く。

 「ミニソフト」と言うのは、普通のソフトボールの球より柔らかいボールを使い、守備も11人で守る初心者向けの競技で、松山市では、ソフトボールの普及を目的に、毎年大会が開かれているらしい。

 そういう大会なので、4年生以下の1部と2部の選手を集めて16人で参加する。(6年生は、市内のH校で「合同練習」に参加)

 もともと4年生が多いチームだが、合同で試合するのは始めてかも。

 大会の趣旨から、優勝を競ったりするわけではなくて、4チームで作ったグループでリーグ戦3試合を戦って終わり。

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 第1試合は、総監督と相談しながら、下級生やいつも試合に出ない子たちをバッテリーや内野で使ってみる。立ち上がり、こんな試合でも緊張したのか、守備が硬く大量点をとられてしまう。

 相手のチームは、愛媛県南部の八幡浜市からやってきたM校。はるばるやって来ただけのことはあり、攻守とも良く鍛えられていて、なかなか反撃できなかったが、こちらもようやく落ち着いてきた4回に一挙5点を取って反撃。しかし、最後は力負けして、16-5で負け。

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 第2試合は、内野を固めようと、4年生を中心のオーダーにしたところ、攻守ともに好調で、なんと29点とって大勝。

 総監督は、試合途中にH校へ移動し、第3試合の先発オーダーは、第2試合を見ながら私一人で考えてみる。

 結局、第3試合は最初はほぼ第2試合と同じ「マジな」先発オーダーを組んでみたが、本物のソフトボールの試合みたいな緊迫した試合となった。

 3回終わって2-0とリードしていたが、ここで、控え選手と大量に交替させたのが悪かったのか、3点を失い逆転される。

 せっかくなら、勝ち越して終わりたいと、最後に第2試合最初のベストメンバー(?)に戻す。良く考えたら、この守備体系が、5年生になる来年か、6年生になる再来年のオーダーなのかもしれない。

 試合の方は、作戦通り、手堅い守備で相手に失点を許さず、上位打線が繋ぐバッティングでこつこつと点を取り5-3で勝利!

 なんとか白星先行で1日を終えることが出来た。

 途中から臨時代行カントクとなった私だが、バタバタしながらも、第3試合の采配など、上手く当たった作戦もあり、この前の公式戦よりは(当たり前だが)リラックスして楽しめたと思う。(天気も、途中からは青空がのぞくほどで、結局雨が降らなかった)

2006年09月15日

さよなら「さくら」

 松山の人以外には、どうでも良い話だが、松山のコンビニの草分け「さくら」が明日で閉店らしい。

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 「コンビニ」と言うより「ナイトショップ」という言葉の方が一般的だった時代から、松山の飲み屋街の真ん中で元気に営業していた「さくら」だが、昨今の「コンビニ戦争」のあおりを受けて売上が減少したのが原因の閉店(廃業)らしい。

 お菓子に飲み物、弁当にアダルトな雑誌まで、明るい雰囲気の「コンビニ」と違い、やや暗い感じの「ナイトショップ」の雰囲気を持った貴重な店で、私も飲み会の帰りに飲み物を買ったり、立ち読みしたりとお世話になった記憶があり、閉店は残念だがこれも時代の流れか…

2006年09月14日

オリンパスからの荷物

 オリンパスから、割と大きな荷物が届いた。

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 交換レンズぐらい入っていそうな箱だが、開けてみると、

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 小さな箱が入っている。

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 そう、アイピースアダプター「EP-1」という「部品」を買ったんである。

 最近『D1H』をタンスの肥やしに追いやりすっかりメイン機の地位を確保した『E-1』だが、いつの間にか、この部品がなくなって、接眼部がむき出して使っていた。

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 このまま使っても支障がなさそうだが、なんか頼りないので、オリンパスのサイトから注文したところ3日で届いた。

 他のメーカに押されてあまり売れていないようだし、インターネット上でも色々言われているフォーサーズ機のフラッグシップ機『E-1』だが、その手になじむ操作性とシャッターを押したときの何とも言えない感触(小さな音と軽い振動)と必要十分な画質にすっかりはまってしまい、使わなくなった『D1H』一式を手放そうかと考える事もある。(将来のことを考えてレンズだけは置いておこうかと思うが…)

 『E-1』の後継機は、モックアップの発表が今月のフォトキナ2006として、発売は来年だろうから、今年の運動会もこのカメラで乗り切ろう。

2006年09月13日

最後の(?)夏休み

 7月から9月にかけて「仕事の暇なときにとろうね」と決められている職場の夏休み。9月の後半になるといろいろ忙しいので、早めにとっておこうと思ったら、先週は何故かバタバタしていて休めなかった。で、今日は、仕事も一段落付いて休みをもらう。

 水曜日だと息子のソフトボールの練習を手伝えて好都合、と思っていたら、朝から大雨が降っていて当然中止。8月にもこんな事があったような気が…

 仕方ないので、嫁と高島屋に(バーゲン品の)買い物に行ってランチを食べたりして、まったりと過ごす。

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 土日がソフトボールの練習や試合で割とハードなので、いい休養になった。

2006年09月12日

祝!嫁@誕生日

 嫁のウン十ウン歳の誕生日。

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 日曜日にお祝いをしたが、せっかくの誕生日に何もしないのも何なので、ショートケーキを3つ買って帰って家族でお祝いする。

 プレゼントとしては、相変わらず「欲しい物が思いつかない」との事なので、封筒にン万円を入れて、息子からの「ママありがとう」の手紙と「かたたたき券」を入れて渡す。

 まあ、ありふれた誕生日だが、これも家族が平穏ならばこそ。

2006年09月11日

中年サラリーマンの飲み会

 職場の部長が役員に出世したお祝いの宴会に出席する。

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 「庵」と言う創作料理の店だったが、料理を持ってくるたびに店員が素材や食べ方の説明をしてくれて確かに美味いんだが量が少なくて、あまり酒を飲まない私としてはやや不満。

 この宴会の席が、35歳から55歳までの男性5人のテーブルだったが、何故か「マンガ」の話題で盛り上がってしまった。普段は、人の噂話とか仕事のこと家族のことなど、割と中年サラリーマンらしい話をするのが常だが、どういうわけか、「昭和40年代のマンガについて」みたいな話を振る人がいて、ついつい反応してしまった。(重ねて言うが、私は、全然まったく誘導していない)

 私の役目というと、みんなの話を補完する役で、

「『バビル2世』のしもべって…」

私「『ロデム』と『ロプロス』と『ポセイドン』」

とか、

「『光速エスパー』の漫画版を描いていたのは…」

私「あー。松本零士」

とか、「それは『ひおあきら』」、「あー『弁慶高校』?」、「『一峰大二』では?」「『コンスコン』!」とかやっていると、「よく覚えてるなー」と非常に感心されてしまった。

 仕事ではあまり褒められることがない私だが、こう言うところで目立ってしまうのはいかがなものか…

 週初めの飲み会だったので、あまり飲み過ぎないようにセーブして早めに帰る。

2006年09月10日

誕生祝い

 「親子親善ソフトボール」の予定だったが、雨で中止。それでも、体育館下の通路で行われた1部の練習にちょこっと顔を出して、総監督に昨日の試合の報告をする。

 午後からは、友達の家に遊びに行った息子と別行動で、市内をブラブラする。

 「新しいカタログでも出てないかな?」と思って寄った「カメラのキタムラ」だが、駐車場が一杯になっていた。そうか、運動会前なので、ビデオやデジカメを買う人が多いのか。

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 今週は、嫁のウン十ウン歳の誕生日があるが平日なので、今日お祝いをしておこうと思いつき、いつもの「菓子夢」に誕生祝いのケーキを注文する。

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 ロウソクは、正確に付けるとアレなので、4本立てて息子が点火して、家族で食べる。

 最近、土日になると雨が降ってソフトが休みになることが多い気がするが、昨日の試合で(私が)結構疲れたので、いい休養になった。

2006年09月09日

後期リーグ開幕

背番号「30」はカントクのナンバー
 息子のソフトボールの後期リーグが開幕した。

 前に書いたとおり、チーム内の事情で私の立場も以前よりスタッフ寄りになった。どういう事かというと、(後期リーグの間に限り)背番号「30」のユニフォームを拝命してしまった。つまり(2部チームの)監督と言うことになる。

 あな恐ろしや。野球ソフトの経験がない私が、こう言う背番号をもらうのは非常におこがましいが、(仕事の都合なんかで)他に適当な人がいないから仕方ない。まあ、「臨時代行カントク」(漢字じゃなくてカタカナのカントク)と思ってやれることをやるだけだ。

 ちなみに後期リーグからは、荒削りながらファイト溢れるプレーと強肩で存在感を示していた4年生のK君(兄)が1部へ行くことになった。これも、かなりの戦力ダウンだが、チーム編成上の都合なので仕方ない。

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オーダー決定
 2部チームは前期リーグには参加していないが、「経験を積む意味で出てみるか」というノリで後期リーグだけ参加した。同じ予選リーグに入ったチームの顔ぶれを見ても、「強い」という評判の学校ばかりで、どう考えても分が悪い。まあ、全敗かもしれないが経験になるのは確かだろう。

 しかも、初戦の相手は前期リーグの優勝チームのO校と言う厳しい開幕カードとなった。

 以前の会長杯で当たったときにも打ち込まれているので、先発オーダーをどうしようかと総監督と相談し、守備位置を若干いじる。

試合開始
 さて、そんなこんなで試合開始。

 先攻の我がチームは、簡単に三者凡退。

 1回の裏、普通に投げれば2部の選手には手が出ない速球投手のT君は、コントロールが課題でどうなるかと思ったら、初球がデットボール。

 最初でつまずいたのがいけなかったのか、その後も制球が定まらず、ヒットらしい当たりを打たれなかったのに、四死球とワイルドピッチでランナーを溜めて、守備のミスもいくつかあり、大量8点を取られる。

 2回の表は、ランナーを出して反撃したが、得点には繋がらず。

 2回の裏には、立ち直ったT君の投球と、バックも良く守って失点を1に抑える。

 3回の表は、2死からO君が四球を選んで、出塁。

 ここは、カントクの腕の見せ所と初球盗塁のサインを出す。激烈な代表争いの末に運動会のリレーの選手に選ばれたと言うO君だが、あまり良いダッシュではなく二塁手前でタッチアウト、と思ったら相手が落球してくれて、(結果的に)盗塁成功。

 次の打者の息子が、追い込まれながらライト前にヒットを打ち、相手がボールをそらす間にO君がホームイン。なんとか、正攻法で1点を入れた。

 反撃ムードと思った次の3回裏だが、四球と守備のミスに長打も浴びて、一気に9点を失ってしまう。

 4回は、息子を投げさせたが、何本かヒットを打たれて2-3点を失ったところで、時間切れとなりゲームセット。

もう少し間をとってやれば
 終わってみれば、実力差が出た試合結果となったが、子供達は劣勢の中でも集中力を切らさずに、声も良く出ていたと思う。

 内野と外野を少し入れ替えた新オーダーも、まずは無難に機能していた。

 ただ、公式戦初カントクだった私は、子供達以上に反省点の残る試合だった。

 ピンチの場面で、3回とることを許されていると言う「守備タイム」をとって、選手を落ち着かせてやったり、守備位置を変更して気分転換するとか、もっといろいろと動くべきだったのかもしれない。

 一応、「カントクはあんまりチョロチョロしない方が、選手が安心するんでは?」との意図の元、ベンチにどっかと座っているように気をつけた。そのおかげか、ボール出しをしていた嫁は、相手校の父兄に(それとは知らずに)「あの監督さん、落ち着いた方ですね」と言われたらしい。

 ところで、この試合中にふと後ろを見ると、この前まで監督だったTさん(5年生の父兄)が、カメラを持って自分の子供のプレー姿を撮っている。私は、さすがにこの格好ではカメラを抱えて歩き回るわけにも行かず、休憩中の写真をちょこっと撮っただけ。

 まあ、いろいろ悔いは残るが、何しろ公式戦初のカントク経験なので仕方がない。次には、この経験を生かして、早めに動くようにしよう。

業務連絡
 1部チームは、第1試合に「同じぐらいの実力」と言われていたY校に0-5とリードされながら、最終回に5点取って「勝ちに等しい引き分け」。

 2試合目は、同じ中学校区ながらあまり強くないと言われているY校に8-0と大勝。1勝1分と幸先のいい出しとなった。

2006年09月08日

世界とファミスタ

 オンラインゲームサイト「ハンゲーム」で、あの「ファミスタ」のオンライン対戦版が8月15日に公開された。

 もはや20年前の話だが、ツインファミコン(って言うシャープのゲーム機があった)で、これの最初のやつを友達と指がタコる程やった記憶がある。(常に、「阪神vsヤクルト」だった)

 その後、いろいろなフューチャーが追加されて、PCエンジンやスーファミに加えてアーケード版など様々に展開していったファミスタだが、最近は、ポリゴン多用のリアルな野球ゲームかパワプロに押されてイマイチ影が薄くなっていた。

 そんな中で、インターネットを通じて世界中(?)のユーザーと対戦できるファミスタが無料!と言うのは見逃せない。

 早速ハンゲームで会員登録して遊んでみたが、内容はほぼ初代のファミスタで、今となっては独特の操作感やサウンドも再現されている。

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 「懐かしいなー」と思いながら遊んでいると、「野球大好き」の息子が見逃すはずもなく、あっという間にパソコン前を占領されてしまった。

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 最初は、送球が上手く出来ずに落ち込んでいたが、慣れるのも速く、数試合目には勝ち星を挙げていた。

 まだまだ参加者が少ないのか、相手が見つからないこともあるが、3イニングで終わる試合もあり手軽に遊べるのはいい。

2006年09月07日

「.nico」とは?

 去年の12月に機種変したウィルコムのケータイ「W-ZERO3」。

 世間ではそれなりに評判になったみたいだが、私の回りでは、息子の友達のお父さん(マスコミ関係)で、「私も出張の時のパソコン代わりに、(ケータイとは別に)買いました」という方が一人いた以外は、「それ(変な機械だけど)何ですか?」との反応がほとんどだった。

 まあ、通話よりメールとWebでの情報収集が多い私の場合、中途半端に機能の多いケータイより便利なのは確かだが、「外出先で絵日記の原稿が書けるかも?」と期待したキーボードに関しては、両手の親指だけで押すスタイルが思った以上に使いづらくてイマイチ役に立っていない。

 それと、ちょっとした外出の時など、シャツかズボンのポケットに入れて歩くのには大きくて重い。

 ところで、最近のウィルコムの端末は、W-SIMというカード(ニンテンドーDSのカートリッジみたいなの)が電話の機能を持っていて、これを差し替えることで、電話番号やメアドは変わらずに様々な端末機を使えるようになると言う「ジャケットフォン」構想に基づいている。(FOMAカードと同じ?)

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 W-ZERO3発売時点では、実際に使える端末がなく(あるにはあったが直販限定ですぐ売り切れた)「構想」だけだったが、やっと「.nico」と言う手軽に使える音声端末が発売された。

 電話とE-Mailだけ使えて、Webの閲覧は出来ずカメラも付いていないと言う「機能限定端末」だが、約45gと軽量で、細身でストレートなデザインは、非常に手軽な感じがしていいと思い、W-SIMなしモデルを即購入。しばらく使ってみたが、サイズや重さはもちろん、機能限定であるが故に操作性が良くてなかなか便利。

 普段はこっちを使って、Webの閲覧がしたいときだけW-ZERO3を使うようになった。

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 まあ、このポップでキュートなデザインは、40歳過ぎの会社員が持つには死ぬほど似合わないが仕方ない。(いっそ、クラシックな黒があれば…)

2006年09月06日

はまっているもの

 お昼休み。珍しく弁当がなかったので、

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大雨の降る中、少し遠くにある「CoCo壱番屋」へ行き、

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9月末まで限定の「特選黒カレー」を食す。不味そうな見かけと裏腹に、なかなか美味くてついつい通ってしまう。

 あまりにも美味しく感じで、嫁に「食べに行く?」と誘ってみたが、ソッコーで拒否られた。どうも、普段自分がチャッチャッと作ってしまうカレーにお金を出す気がしないらしい。そんなモンなのか?

 とまあ、精神年齢が低くてピーターパンシンドロームの私としては、カレーライスにはまっているわけだが、息子はと言うと、

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「はねるのトびら」(通称「はめとび」)にはまっている。若手のお笑い芸人がやっているバラエティーだが、これを観てないと次の日にクラスの友達と話が合わないんだとか。

 私の世代で言うと、「ザ・マンザイ」とか「ひょうきん族」みたいなものか?

2006年09月03日

課題山積み

 市内の小学校で練習試合の1日。

 この小学校には、月1ぐらい行ってる気がする。グラウンドが広くて設備のしっかりした小学校で助かっている。

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 息子の下級生チームは、着いてすぐに第1試合。

 4年生のT君を先発投手として、第2投手の息子は一塁を守る。これは、5年生のN君(転校していったN君とは別)がキャッチャーとして来てくれた関係で、全体の守備位置が変更になったためショートから移ったわけだが、慣れない守備位置でかなり苦労していた。

 試合の方は、最初制球が定まらなかったものの、監督に「次に2つ連続でファーボールを出したら交代だ」と言われた途端に持ち直したT君のピッチングが冴え、味方もよく打ってくれて大勝。

 息子は、守備は無難にこなせたが、バッティングの方が凡ゴロばっかりで貢献できず。

 休憩を挟んで第2試合は、先週「15-1」で勝った小学校が相手。この試合は、監督が1部の指揮を執る関係で私が「代行」として、サインを出したり選手交代を指示した。

 息子が先発投手だったが、制球もスピードもパッとせず、多少選手を入れ替えた相手チームに痛打を浴びほぼ毎回失点。一方、打線の方はそこそこ頑張ってくれて、反撃したものの、2点差で迎えた最終回、2死一二塁で息子が凡退して「8-10」で敗戦。

 息子も、さすがに堪えたようで、試合が終わってから落ち込んでいた。

 と言う反省点ばかりの試合だったが、他のコーチに聞いた話では、相手の実力から見ると「8-10」は健闘した方らしい。

 これで終わりかと思ったら、第1試合の相手校から「もう1試合どうですか?」と言われ、子供達も悔しがっていて試合がしたそうだったので、喜んでお受けする。

 この試合は、第1試合とほぼ同じ守備位置で戦ったが、攻守ともに割と好循環で「14-2」で勝ち。

 さて、監督にサポートしてもらいながら「代行」としてサイン出したり選手交代したりの3試合だったが、やっぱり難しい。まあ、チーム内に自分の息子がいる状態で、他の子と差を付けずに(甘くも厳しくもなく)扱うことだけは出来てたんじゃないかと思うが、「指揮」って点では、まだまだ0点以下かも。

 ちなみに、5年生エースのF君が熱を出して休んでいた1部(上級生チーム)は、9人ギリギリメンバーで3試合戦って1勝2敗でした。(←転校していったNさんへの業務連絡)

 息子としても、自分の不甲斐なさがショックだったのか、家に帰ってから素振りとかスクワットをしていたので、親子ともども貴重な経験を積めた1日だった。

2006年09月02日

さよならN君

 午前中は、小学校でソフトボールの練習。

 後期シーズンに向けてチームの体制を整えないといけないが、フライが捕れず「守備率5割」の子供達も、多少は上手くなってきて「守備率7割」にはなったかも。

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 後期シーズンは、1部(上級生チーム)から5年生が移ってきてくれて、キャッチャーをやってもらうことになった。選手層が厚くなったのに加え、選手一人一人が(やや)レベルアップしており、好守ともに(やや)強くなったのは確かだが、他のチームは我が校以上にレベルアップしているはず。苦しい戦いになるだろうが、子供達が楽しんでくれればと思う。

 その後、先週送別会をやった5年生のN君がいよいよ引っ越すと聞いて、家(社宅)に行ってお見送りする。

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 ソフトの実力があるのはもちろん、下級生の事にも気を配ってくれて、息子達にも慕われていたN君。大人の私とも、割にシニカルな口調ながらきちんと相手してくれるN君は、私にとってもいい友達だった。チームとしても、彼の、得難いキャラクターを失うのは残念だが、これも転勤者の宿命だろう。(私も、父親の勤務の関係で3つの小学校に通っている)

 実はN君のお父さんとは仕事でもお付き合いがあり、N君には一家でお世話になっていた。

 今後、お父さんは松山に転勤してくる可能性もあるが、N君を含む家族は地元に建てた家に住むことになり、もう一度息子と同じチームでプレーする可能性は(ほとんど)ない事になる。

 そう言う点で、感慨深い別れだった。お元気で>Nさん一家

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