(1)卒団の朝
息子のソフトボール活動もついに「卒団式」の日を迎えた。
小学生のソフトボールの「卒団式」と言うのは12月から1月にかけてが多く、この時期だと最も遅い方だと思う。(伝統的に、「1月末に行われる『チビっ子マラソン大会』の次の週」と決まっているため)

午前中は、6年生と5年生以下の「紅白戦」や「親子ソフト」を楽しんだ後、監督が卒団生へ順番にノックを打っていく「卒団ノック」があり、ここで全員集合して監督からのお言葉を聞く。

ここで監督の声が涙ぐんでいるのを聞き、(わたしを含めた)父母も目がウルウルしてしまった。
最後に恒例の「帽子投げ」があり、コーチ陣の発案で監督の胴上げもあり、ここでグラウンドでの活動は終了。体育館に移動して「卒団式」が行われた。
(2)卒団パネル作成秘話
ちなみに、卒団生に贈る記念品の1つとして「写真パネル」が会場に飾られていたが、これは、去年以来、わたしがこれまで撮りためた写真をA3ノビの用紙に80枚程並べて作るようになった。
もともとは、転校により退団する人に記念品として作っていたのが好評で、去年の6年生の父兄に頼まれたのがきっかけである。(今年も頼まれた)
この作業と言うのは、技術的には簡単な事だが手間はかかる。今年は、インターネットに写真のアルバムページを作って、各家庭で写真を選んでもらったが、最初に卒団生ごとの写真を4年半のデータから整理するのと、選んでもらった写真を補正(明るさやトリミング)して1枚ずつ貼り付けていく作業で、割と時間がかかった。

しかも、8枚程完成して「あと2枚」となったところで、プリンターのインクカートリッジが切れて、電器屋に走ったり、結局すべて完成したのは、昨日の夜と本当にギリギリになってしまった。
年末以来、この写真の整理やパネルの作成がブログの更新が滞っていた原因の一つである。(母親が年末に体調を崩して年明けに入院したのも原因だが)
それでも、卒団生の家族の方を始め、監督をはじめとするチーム関係者の方々、下級生の家族の方や来賓の方々から、「良くできてる」と褒めていただいたので、努力が報われた気分だった。
(3)「コーチあいさつ」?!
さて、卒団式の会場で「式次第」を渡されて
初めて「コーチからの言葉」として、わたしがスピーチ(?)する事になっているのを知り、
血がスーッと引いていった。どうやら、嫁がわたしに伝え忘れていたらしい。(我が家では良くある事です。お互いに…)
一瞬パニックになったが、他の人のスピーチを参考にしながら、「君たちは、入団した時期はバラバラだけど、今日でみんな一緒に卒団ですね」みたいな「三国志演義」の「桃園に義を結ぶ」由来の話(?)などを織り交ぜながら3分程度のスピーチをでっち上げた。
後で嫁に聞くと、「落ち着いたいい話だったよ」との事なので、まあ、何とか切り抜けられたようだ。
(4)「監督賞」
その後の式典は予定通り進んだが、途中で監督から「就任以来数人にしか出していない」と言う「監督賞」の発表があり、熱心な始動でチームに貢献したNコーチと共に、なんと息子が受賞した。

これは、「キャッチャー以外のすべてのポジションを守りチームに貢献した」と評価された結果のようだ。
確かに、いろんなポジションを守っていたが、親としては「このポジションはあいつしか考えられない」みたいな決め手がなくてもどかしい思いもあったので、こういう形で評価いただくのは意外でもあるが素直に喜びたい。
(5)さらば…

その後の式典は順調に進み、キャプテンナンバーの引き継ぎも終わり、親も下級生も涙々のなかで、すべての予定を終えて、卒団生が退場。

これにて「卒団式」も終了し、6年生のすべての活動は無事に終了。
2年生の秋に入団したので、あれから4年間あまり。今回写真の整理をしていて改めて思ったが、まだ「幼児」の面影だった選手たちがいつの間にか「青年」の面構えになり、本当に「ここまで来たか」との思いがある。
わたしにとっても、全く新しい世界に接する事ができた貴重な経験だったと思う。
どんなものにも終わりがあり、「卒業」による「卒団」は、もちろん仕方のない事だが、やはり寂しい。
楽しかったり、悔しかったり、感動したり、苦しかったり、さまざまな思い出が頭の中を巡っている。万感の思いを胸に卒団の日を迎える。
さらばソフトボールの日々。
さらば少年の日。
さらば、道後スポーツ少年団。
まあ、息子は卒団だが、わたしは、子供が一人で中学生になれば手が掛からなくなるだろうし、団のサイト更新とか写真撮影とか、今後とも続けていきたいと思い、もう少しこの団のお手伝いを続けていく事にした。(最後は「銀河鉄道999」風にまとめてみた)
そのため、これからも土日にはソフトボールのネタを取り上げる事も多いと思いますが、よろしく。