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>デジタルで軽々と写真を撮ることは、それはそれでいいのかもしれません。
デジタル化によって、写真の技術的な敷居はずいぶん低くなりました。その結果、本来はちゃんと写すために必要だったエネルギーを別の方向に注ぐことができます。例えば、構図や絵作りにこだわったり、何を言いたいのかを突き詰めたり、内面と向き合ったりするなど、技術面以外をいっそう追究できるようになります。
↑デジタルは敷居が低く手軽で失敗が出来ることで、フィルムのように失敗を恐れ確実に写そうと身構えるエネルギーをよりいい写真を撮る方向に注ぐことが出来るんだよ、作品を作ることに集中できるというわけだ。
分かったか 池本さやか
>単に写真だけを撮れますではなく、いかに豊かな中身を持っているか、そして写真を道具としてどう使いこなすかが、ますます問われるでしょう。
↑写真の評価は好き嫌いではなく、撮った人間の中身で決まるんだよ
分かったか 池本さやか
>ただし、単に記録として写真を撮ることと、作品として撮ることでは心構えがまったく違います。
以前に赤ちゃん写真のコンテストの審査をしたことがあります。そのほとんどの応募作は、我が子を可愛いという気持ちだけで撮った家庭写真でした。それはそれとして構わないのですが、他人に見せられる作品にはなっていません。一歩視点を変えて客観的に見ることができていないんですね。
↑作品を撮るなら人に見せることを意識して、客観的な視点で撮らないといけないんだよ。
ただ撮っただけの写真は作品じゃないんだよ、「写真は好き嫌い」とかいい訳してちゃダメなんだよ。
分かったか 池本さやか
>――これからも創作活動にデジタルカメラをお使いになりますか?
秋田さん: 間違いなく、使います。また撮影だけでなく、デジタル化によって写真の見せ方が変わってくることにも可能性を感じています。従来の写真展はプリントしたものを展示するのが一般的でしたが、これからはディスプレイを使った映画のような写真の見せ方もますます普及するでしょう。
↑「デジタルは作品作りに使える」当然だよな、
「デジタルでは作品は撮らない」とか「写真はフィルムで撮るもの」とか
「デジタルでは集中して撮れない」とか言ってちゃダメなんだよ、
機材なんてたいした問題じゃないんだよ、上手い人はどんなカメラだって上手いし作品を作れる。
「デジタルじゃ作品は撮れません!」なんて言ってるのは「私は下手糞です」と言ってるようなもの。
いまどき、ましてデジタルで撮ってて「写真はプリントで見せるもの!プリントの仕上がりが何より大事!」とかバカ丸出しもいいところだよな、
写真家なら常に新しいことに挑戦して、新しい可能性を模索しないと。
なあ、池本さやか。
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