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【写真】片岡義男写真展「撮る人の東京」(デジカメWatch)
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【写真展リアルタイムレポート】
現実と少し違うから面白い
街ではただ切り取るだけ
スナップと静物写真は楽しみが違う
写真は相当面白い遊びだ
by 市井康延
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コメント
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撮ってる方は面白いかも知れないが、見てる方はつまらない。
写ってるだけって感じ。
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1には写真を語る資格がない。片岡さんの写真はどれをとっても面白い。
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まあ、何気ない街角のスナップ写真の面白さは、分からない人にはわからない。
そうゆう私もわからない。
でも、1枚1枚を作品として鑑賞してもなんの感動も感慨もわかないが、そうゆうのが大量に集まったものを見ると一種の感銘を受けることはある。
記事中にも書かれてるように「スナップと静物写真は楽しみが違う」のだろう。私はどちらかと言うと後者の写真のほうが撮るのも見るのも好きだ。
この記事に掲載されてる写真の中では、冒頭のマネキンの足の写真なんか、切り取り方は好きだなぁ。
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個人的な意見だけど、プロの写真家にはプロの匂いというものがあって、
いろんな部分にプロの気負いを感じることがある。
もちろんそれは悪いことでないのだけれど、たまにお腹いっぱいですという時があって、
そういう時にプロではない人たちの写真を見ると、とても新鮮に感じたりすることがある。
その「プロ」じゃない人たちの中で自分が好きなのは、
ヴィム・ヴェンダースとこの片岡義男の写真かな。
1の人みたいに、たぶんこのページだけ見たらそう感じるかもしれないし、
“気負い”がないというところでは当たっているかもしれない。
でも写真集を1冊通して見てみれば、
その独特の面白さが理解できるかもしれないよ。
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誰が撮っても同じにしか思えんな。こいつと俺たちが撮った写真バラバラに混ぜて
こいつの写真だけ取り出せるヤツいるのか?
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一般の人の写真は「何か」を撮ろうとしている。しかし、片岡は「何か」を撮るのではなく、東京という町を撮ろうとしている。そこが違うのだ。
何百枚の写真からでも片岡の写真は見分けがつくだろう。つかないとしたら、そいつがアホだからだ。
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> しかし、片岡は「何か」を撮るのではなく、東京という町を撮ろうとしている。そこが違うのだ。
わかんない。それは「何か=東京という町」ってだけでは?
「東京という町」と言っているのがもっと抽象的なものの具象的表現ならともかく。
普通の人が撮る写真とスナップ写真家が撮る写真の大きな違いは、作画(作図)意図の有無なんじゃないかな。
写真を撮ろうとすると、まず被写体を探し構図を考えピントや露出を調整(自動でもいいが)してシャッターを切る。そこには意識的にせよ無意識的にせよ撮影者の作画(作図)意図が入り込む。
スナップは、そうゆう作画(作図)意図を意識的に可能な限り排除して、見たまま感じたままでシャッターを切るようなものじゃないかと。その「意識的に排除」ってのが難しいのだと思う。
逆にそうゆう写真は他の写真と見分けがつくんじゃないかな。
でもやっぱり、そうゆう写真1枚1枚を個別の作品として見ると面白くも無いし感動もない。沢山集めて作品“群”としてみると面白さが見えてくるのかも。
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上がっている作品だけについて言えば、
片岡さんが何を意図して各被写体を撮ったか伝わってきていると思う。
この「人に伝わる事」が写真にとって大事だと自分は思うよ。
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今回紹介されてる写真、むかしのF3で撮ってた頃の写真よりもいいと思った
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>>7
面白い考えだけど、どうかな?
ブレッソンと森山大道じゃ同じスナップでも全然違うわけで、結局は
>意識的にせよ無意識的にせよ撮影者の作画(作図)意図が入り込む。
まさにこれが写真ってやつじゃないのかな。
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個人的に面白いと思う写真は、
・主題がはっきりしている
・被写体を選ぶ際の視点が他の人と違う
・構図や切り取り方がユニーク
・光と影の使い方が上手い
といったところがポイントです。
もちろん、単に奇をてらった写真が面白いというわけじゃないですが、自分ではなかなか思いつかない構図や切り取り方をしているとか、光と影を使って主要被写体を際立たせるテクニックが上手いとか、そういった“演出の妙”や絵画的な美といったところに興味を惹かれます。
ただ、被写体そのものに手を加えたりライトなどで照らしたりといった演出は好きではありません。あくまでそこにあるものをあるがままに、でも構図や切り取り方を工夫し露出・ピント調整やフィルタなどカメラの撮影技術を駆使して被写体を演出してあげる写真。撮るにしても見るにしても、そうゆう写真が好きです。
土門拳さんに言わせると、そうゆう写真は「底が浅い」サロニズム写真ということになるんですけど(苦笑)。
まあ、写真を撮る人間みんながみんなスナップ写真家になる必要もリアリズムに走る必要も無いですしね。好き好きです。
ともあれ、そうゆう点で、この片岡さんのスナップからは、そうゆう演出の面白さや強い表現意図をあまり感じないので“面白くない”と私は感じてしまうのだと思います。
面白いと感じる人は面白いのでしょうね。人それぞれということで。
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本当につまらない写真ならスルーするはずで、書き込みする気にもなれないのが普通でしょう。
>1をはじめとして、何でわざわざ「面白くない」と書き込みたくなるのか、
そして議論になるのか、
その辺の自分の心理をよく探ってみると良いよ。
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1や5の今の境遇を想像してみるのも面白いな
昔は彼らなりに夢もあったのだろう
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自分もこの人の写真は「面白くない」と考えていたので、
1さんをはじめとする意見は参考になりました。
何でわざわざ書き込むのかというと、
片岡という人が作品の内容以上に作家ぶっているから反発したくなるのではと思います。
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写真の学校を出たのにカメラマンになれなかったんですね >>14
わかりますよw
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>14
片岡義男は有名な作家だよ。「スローなブギにしてくれ」で直木賞候補にもなったし、今までに小説、エッセイを200冊近く出版している。
写真もやるが本業は小説家。作家ぶってるというのは知識不足だね。
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写真作家ということでしょう。
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16のような反応は予想してました。w
片岡氏が物書きとしての作家ということは知ってます。
優れた作家とは思いませんが、仮に優れているとしても、
写真の好き嫌い、または良し悪しの判断とは無関係です。
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>>18
あんたの好き嫌いなんてどうでもいいのさ。
ピカソが好きな奴もいれば嫌いな奴もいる。当然だな。
ただ、一冊でもいいから読んでみる。写真集をみる。ぐらいしてから
書くことだね。
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いや、スローなブギにしてくれとか彼のオートバイ彼女の島とか、そんな持ち上げるほど大層なもんか?俺は14/18じゃないが、そういうことだろ。
もちろん好き嫌いの話だからどうでもいいんだが。
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つか片岡義男を「作家ぶっているから」とか書いちゃう14氏にジェネレーションギャップを感じた。
今年40歳のオレは中高生のころよく読んだな。
今読むとオサレ臭満載で恥ずかしくて読めたもんじゃないとは思うが。
写真に関しては、スナップだから良い悪いもコメントしようがないが、まあいいんじゃない?
17年間撮り貯めたものを並べて見せるだけでも、何かしら見えてくるんじゃないかな?
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片岡の小説は大層なものではない。さらっとして読みやすい。
軽薄といえるかもしれないが、好きな人には面白いんだよ。
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まぁ俺でも撮れる写真だなぁ。
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片岡義男の小説は雰囲気で読むんだよ。
面白いとか面白くないとかの以前にね。
で、彼の写真もそんな感じで観るべし
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あの頃はバイクに乗っていたから、片岡モノは読んだし映画も見たなあ。ちょっと前のバイク乗りの話って感じだったけど、バイク乗りの気持ちはよく出ていたと思う。今も懐かしい感じがするのは、似たような経験もあったからかな。
バイクは青春だったなあ。カメラなんかどうでもよかった。
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東京が写ってるのはまぁヨシとして、それの「何」を「どう」伝えたいのか分からんなー。
「だから東京ですよ」と言われたら、「ああそうですか」と思うだけでしかない作品じゃん。
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> 東京が写ってるのはまぁヨシとして、それの「何」を「どう」伝えたいのか分からんなー。
そうね。
そうゆう写真が「わかる」と言う人で、そこをちゃんと説明してくれる人は少ない。
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ああそうですかと思うだけで十分ではないか。
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小説にも写真家の目線を思わせるものが見受けられます。
写真を撮る場面では具体的にカメラを操作する描写も。
題名で思い出したのは「緑の瞳とズームレンズ」(だったか・・・)
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むしろ誰からも「いいね、うまいね」って言われるような
写真撮ってる奴こそ、ちょっと考えるべきだと思う。
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>27
>そうゆう写真が「わかる」と言う人で、そこをちゃんと説明してくれる人は少ない。
それは難しい。
例えばビールが「苦くてマズイ」という子供に対して、ビールのうまさを説明するようなもの。
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>31
それは単なる逃げの論法だ。
「わからない」人のほうは、それなりに理屈めいたことや好みをクドクドと説明しているのに、「わかる」人は何も説明しようと試みてない。
説明してもなお結果としてはわからない人は「わからない」のかもしれないけど、言葉で説明しようと試みないでは“論”にならない。
別に、「わからない」人をわからせるようにする必要はないが、写真家が伝えようとしている事が「わかる」と宣うのだから、せめてそのわかった事を説明してほしい。
「この写真家はこうゆう事を伝えたいのだと思う!」という個人の「意見」や「感想」を聞きたいだけ。別にそれが正解だとか間違いだとかなんて話をする気はない。人それぞれの受け取り方の違いなんだから、違ってあたりまえ。
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稲越功一の「変わりゆく東京」を表現したシリーズは説明されなくても分かる。写真の技術とか関係なしに分かる。
これは分からない。
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K20Dで撮りおろしたものがどうかと思ったんで見に行ってみたんだが、あのスライドショウ、1枚25秒は勘弁してほしかった。
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子供にはちょっと難しかったかな >>33
チンコに毛が生えてからおいでw
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写真に説明はいらんよ。解る奴には解る。解らん奴には何を説明しても解らんよ。感度の問題じゃな。感度ゼロの白痴ではどうにもならん。
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>32
>「わからない」人のほうは、それなりに理屈めいたことや好みをクドクドと説明しているのに
その「理屈」がいらない。
良いと思っている人が理屈で説明しようとしないのは、理屈をつけた時点で安っぽくなってしまうから。
あたながもしこの作品の良さが解ったら、理屈で説明できなくなるよ。
理屈が言いたくなくなる。
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付け加えると、「そういう世界もあるんだ」ということだけ覚えておくと良いよ。
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言葉に還元できる類の写真か、否かの違いだろ。
言語化する前の意識をビジュアルとして表現できるのが写真なんだ、って言われれば
確かにそうなんだろうが、しかしその写真に「何か」が含まれているかどうかは、
神のみぞ知る、だけどな。
何せ我々見る側の人間にとっては、わざわざそれを写真に撮って作品として見せようからには
何かあるんだろう、と「期待して」見るわけだし。ましてやそれが有名作家や写真家だの言えば益々バイアスはかかるだろうし。
結局の所、審判は時間が下すと思うよ。現代写真史に燦然と名を刻んだところで
やはりニセモノは消え行く運命だろうし。
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誰かに何かを伝えるために写真を撮ってるわけじゃないだろうし。
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>39
真実は神のみぞ知るはいいとして、知りたいのはそんなことじゃない。
知りたいのは、「あなた」は何を感じたかだ。要は、感想や面白いと思った点を聞きたいだけ。
別に「わかる」人と「わからない」人で対立をしたいわけじゃない。感想を言い合ってみたいねってだけ。
どうゆう点が面白いのか面白くないのか、わるのかわからないのか、を語り合えたら面白いじゃないですか。
単に「面白い」「面白くない」「わかる」「わからない」だけで終わっちゃ面白く無い。
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俺が写真撮ってて楽しいんだからお前ら見ろ、じゃ素人と変わらんな。
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逆に、撮影者が「お前ら見ろ」はいいと思うんだよね。素人でもプロ作家でもその辺は一緒。コマーシャルフォトの場合は、クライアントの伝えたいものが見る者に伝わらないようだとNGなんだけど(苦笑)。
コマーシャルフォトを除く「作品」の場合、むしろ「正解はこれです」とか撮影者が語っちゃうと面白くない。推理小説の冒頭で犯人を明かすようなもの(笑)。写真を見た者同士で感想を言い合う事で写真論を展開出来たら面白いね、って事で。
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撮り手が何らかの衝動に駆られて撮っていることが一番大事なわけで、その後共感できるかどうかは見る側が決めること。それだけのことでしょ。
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おお 良スレだ! たまにこんなのもいいねw
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このサイトにも、片岡義男さんの写真が好きな人がけっこういるみたいで、ちょっとうれしいですね。
片岡さんといえば、自分にとって愛着のある風景をひたすら写真に残している人ですが、そういった彼の写真のなかには、われわれ見るがわも、懐かしさや思い出のようなものが、ポッと喚起される瞬間があるんですよね。
片岡さんというと、父親が日系二世という関係で、少年時代からアメリカと日本を行き来していて、ちょっと日本人離れした感覚と知性の持ち主。もちろん英語も堪能。
テディ片岡の時代から、彼の文章を読み高く評価している小説家やクリエーターはけっこういます。
文章から立ちのぼる、アメリカの香りにあこがれた人も多かった。
たしか高橋源一郎さんなども、影響を受けた作家として彼の名をあげていますね。
最近は、作家としても再評価されつつあって、早川書房からは片岡義男コレクションが刊行中です。
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うん、デジカメジンにしちゃあといったら失礼だが、久々の良スレだw
否定的な意見の人も素直な感想だと思うし、
デジカメジンを見ている人のなかにも
けっこう写真が好きな人がたくさんいることが分かって
なんか嬉しいな
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うあ、なんかすごく46さんとかぶったこと言ってしまったw
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街並みのスナップとかって、そこに住んでいる人とそうでない人では受け止め方がまるで違うと思うんですよね。
そこに住んでいるもしくは近くに居る人にとっては見慣れた光景とか思い出の光景であって共感する部分やそこから生まれる自分の意識が出てくるけど、生活圏の違う者にとっては構図や技法でしか評価できない部分が占めるんじゃないかな?
極端に言えば、アメリカ人が東京の下町の写真を見てノスタルジーに浸ることは無いと思うんだ。
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日本人がパリの下町写真を見てノスタルジーを感ずることはあるよ。
アメリカ人でも日本人以上に日本の風景に感動したり、下町写真に
感動することはあると思う。自分の尺度で想像しないことが大事だね。
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ブラッサイのパリの写真はわかる。これは何を感じてどう伝えたいのか意図が読めない。
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>50
そうだね。「無い」という表現が悪かったかもしれないね。
程度の問題だと考えてくれればいいんだけどね。
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>49
逆じゃないか?
生活圏の違う者にとったら何が写っててもエキゾチックで面白く見えるが、
見慣れてる人にとったら面白くもなんとも無いから、
構図や技法でしか評価できないと言うケースの方が多い気がする。
いつでも撮れるものに人はノスタルジーなんて感じないでしょ。
東京や大阪の街角スナップが面白いのは、
リアルタイムに破壊と再建が行われているからじゃない?
今日見てるものが明日も見られるとは限らないから。
それに較べると、京都の四季を写した写真なんて、いつ見ても醜悪極まりない。
あんなの面白がって撮ってるのは他所から来た人だけよ。
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ま、何を感じ何に心動かされるかは人それぞれっていうことでOK?
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機材じゃなく写真でこれだけのレスをつけさせちゃうのは凄いことだな…
ちょっと前の水中写真の方がパッと見綺麗なのに、この差はなんだ?
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写真はプロじゃないんだから、これはこれでいいのではないでしょうか?
以前、田中美希男氏の写真がへたくそだとこの板でも大論争になり、その後、見違えるほどセンスいい写真をサンプル写真として掲載するようになりました。われわれギャラリーはプロには厳しく、アマには温かく、この精神で写真は楽しみましょう。
最近某板で、K-7を褒めたたえた田中氏が叩かれていますが、ちょっと皆さん勘違いされているようです。田中氏は本当に「いいじゃん」と思って褒めているのであって、ペンタファンの1人だと私は思います。この点はだれも責められないと思います。われわれが厳しく見るべきは、田中氏の写真がボロだったら、プロじゃねえということです。
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思い上がりもいい加減にしろよ
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片岡さんの写真は始めて見たけど、小説と写真の感性は一致していると感じた。
僕にとっては凄く好きでも、凄く嫌いでもない。
ちょっと好きくらい。そうゆう軽い肯定ですね。
僕は片岡義男みたいな感性ってあっても良いと思う。
でも、軽い肯定の印象を多くの人に与えるのならば、実は凄いのかもしれないとは思う。
でも、海外でこれが通用するのかな?
実は極めて日本的な存在なんじゃないのかな?
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期待して見ると拍子抜けを食らうけど、
さりげなく見ると抵抗無く世界に引き込まれて行く感じだね。
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目の前に飛び込んで来る物パクついてるだけ。どうという事もない。
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彼は東京生まれの東京育ちなんでしょ?しかもアメリカ暮らしも経験して英語も堪能・・・
それにしては江戸や東京の「粋」は感じられないなぁ。幼少時代はご苦労なさったのだろうか?それが一般大衆の共感を得られる元なんだろうか?
「作品」見ながらしばし考えました。
「今」の彼が歩いた「三軒茶屋」ももっと見たかったけど、あの見せ方だけはいただけない。
(これは彼の責任ではなくてギャラリーの責任)
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> 彼は東京生まれの東京育ちなんでしょ?
いや、少年時代はハワイの学校で過ごした時期があるみたい。
幼い頃、原爆のキノコ雲を見た記憶であるとか、空襲後の爆弾の穴にできた水たまりの風景の話なども読んだことがありますから、山口県に疎開(?)していた時期もあったようです。
片岡義男さんのブログ
http://blog.excite.co.jp/switch-kataoka/m2006-04-01/
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ブログ紹介サンクス!
読ませてもらって、チョイ勉強してくるわ。
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分かる人と分からない人が両極端な写真があっても良いと思う。
分からない人が10年後に分かる。それもまた良し。
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分かるって言ってた人の憑き物が落ちたりとかね。
どっちの可能性もあるだろうし、それでいいんだと思う。
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分かろうとするには努力も必要なのかもね。
否定してしまっては一生分からないのは確か。
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俺は最近30年前のことがよく解るようになってきた。
人間、わかるようになるのは大変なんや。
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