|
【その他】オリンパス「ペン」「OM」「XA」の開発者、米谷美久氏が逝去(デジカメWatch)
|
|

|
|
コメント
|
|
|
|
心からお悔やみ申し上げます。
PEN EE2から、OMシリーズ、フォーサーズと
何かとオリンパスには縁がありました。
手元に残るOMとZUIKO。氏の志が込められたカメラたち。
これからも大切に使って行きたいと思います。
|
|
|
|
米谷氏の思想を形にしたカメラは、私の青春とともにありました。
本当にありがとうございました・・・氏の冥福を祈ります。
|
|
|
|
私もOMが入り口になり写真の奥の深さ、数えればきりが無いほど
その楽しさを教えてもらいました。
心よりご冥福をお祈りいたします。
|
|
|
|
ひとつの時代が終焉したようで感慨深いものがあります。
初めての一眼購入ではOM-1とMXが候補に残った2機種でした。
初めて買った35ミリコンパクトがXAでした。
あのサイズ、あの斬新なデザインで絞り優先&二重像合致! 素晴らしかった。
|
|
|
|
これで「小型・軽量」の呪縛から解かれるのかな。合掌。
私はXAを「自分が最後まで使うカメラ」と決めています。
|
|
|
|
世界でただ一人、「サインを求められるカメラ設計者」でしたね。合掌。
|
|
|
|
私も、PenS、PenD、PenFT、M-1、OM-1を使い、OM-2は憧れのカメラでした。
やはり、米谷さんの設計された機種は、何処か違っていました。
E-P1に対するコメントを聞いてみたかったですね・・・
|
|
|
|
中学生の時にXA2、大学の頃はOM-4を使っていました。
(初デジカメはC-1400XL)
今はE-P1で楽しんでいますが、私も米谷さんがE-P1を
どう見ていたか、聞いてみたかったです。
ご冥福をお祈りします。
|
|
|
|
私はE-P1からこのことを知った若者ですが、
とにかく「他のカメラにはない何か」を感じています。
この方がいて今があるのですね。
このカメラは大切に使っていきます。
ご冥福をお祈りします。
|
|
|
|
OMシリーズのセミナーで講師としてお話しされているときの
「海外出張の時はスーツケースひとつはフィルムでいっぱいの
状態で出かけて、全部撮影して帰ってきます」という逸話で
数少ない「写真をまともに撮っている人が設計したカメラ」
らしさをそれぞれのメカニズムの必然性として、
しみじみと感じたことを思い出します。
そろそろ買うかなあ、E-P1。
|
|
|
|
子どもの頃、親父のPENやTripで写真をおぼえ、兄貴のOM-2で一眼デビューしました。
フォーサーズへのマウント変更時にオリンパスとは決別しましたが、自分の写真のルーツは米谷さんのオリンパスでした。
ご冥福をお祈りいたします。
|
|
|
|
故人のことは全く存じ上げませんでしたが、M-1、XAにはお世話になりました。
M-1は中学生の時、アルバイトで買ったはじめてのカメラで、自主制作した高校の卒業記念アルバムのほとんど全部をM-1で撮影し、思い入れがあります。
又、XAは新婚旅行で使用するために買ったはじめてのコンパクトカメラで、家族の思い出を沢山撮らせていただきました。
どちらも素晴らしいコンセプトのカメラでしたので、故人の偉大さが偲ばれます。
業績に感謝申し上げ、心からご冥福をお祈りいたします。
|
|
|
|
ありがとう。
さようなら。
だが、こんな素晴らしい人は今頃きっと…
|
|
|
|
ゆっくり眠って。
私、子供のころ、ペンをよく使いました、その時、素敵な顔を忘れません。
昭和51年、古い倉敷街をよく撮りましたが、四年前、フィルムを紛失してしまい。。。。。
オリンパスペン、Omシリーズを愛用しています。
心からご冥福をお祈りいたします。
|
|
|
|
仏教じゃないので冥福の祈りようがありませんが、お疲れさまでした。
|
|
|
|
Pen-Dからカメラ入門し壊れるまで使いました。
お会いしたときに、XAの内面にサインをして頂きましたが、ボロボロに使ったXAを見られての笑顔が忘れられません。合掌。ありがとうございました。
|
|
|
|
E-P1発売直後ということが因縁を感じますね。
米谷さんはE-P1を見届けて安心して逝かれたのか、
それともE-P1が気に入らなくて逝ってしまったのか。。。。。
オリンパスの社員は大いに議論したらいいと思います。
|
|
|
|
初めて買ったコンパクトカメラがXAでしたが、
私が選んだ理由と米谷氏の設計コンセプトが同じだったことを
後年知って感動した覚えがあります。
もはやフィルムで撮影することはないと思いますが
それでもXAは手放せません。
ご冥福をお祈りします。
|
|
|
|
>17 偶然なのか必然なのか、この世の不思議を感じます。
知人に、墓を改築し、きれいにしたら、すぐ他界したものがいます。
あの世の家を立派にしたからかな。
|
|
|
|
>>17
なんて不粋なコメントだろう
|
|
|
|
17は今すぐ謝罪するべき。
|
|
|
|
次は、ニコンの後藤さんですね
|
|
|
|
17の発言には共感できる。
現在のオリンパスは、顔が見えない。
米谷さんの 「6,000円で買える大衆機を目指した」 という姿勢も、もう現在のオリンパスにはないでしょう。
学校の成績が優秀だった 「プライドの高い人間」 があつまって、製品開発している感じはするけど――
米谷さんのように、本当に写真が好きでいつもカメラを持ち歩いている人や、広く親しまれる 「安価な大衆機」 を作りたいと思っている人は、はたして社内にどれだけいることやら。
|
|
|
|
OM-2SPで写真を勉強し、初めての海外旅行は中古で買い求めたXAが一緒でした。米谷さんゆかりのカメラに本当にお世話になったんだなぁとしみじみ思います。
いつかサインをいただきたいと思いながらついに果たせませんでした。
心よりご冥福をお祈りいたします。
今のオリンパス、東京でサービスステーションを開設しているデジタル一眼レフを出しているメーカーでは、唯一平日以外にサービスステーションをオープンしない(以前は土曜日にオープンしていた)などユーザーへのサービスに?なところがあり、オリンパスのカメラを使うのは、今持っている中での最新機種E-30で最後になるかもしれないのが残念です。。。
|
|
|
|
私もOM-2S/P使ってました。あと使ってたコンパクトのμは米谷氏の設計とは違うみたいですね。
|
|
|
|
>22
ここまで腐ったヤツが居るとは・・・
|
|
|
|
米谷さんは本当の意味でのイノベーターだったよね。ハーフサイズの廉価版カメラを発案し、大ブームを作ったし、その後、OMシリーズで小型軽量というコンセプトで一眼レフを大衆化させる端緒を作った。僕が知る限り、今のオリンパスにはちょっとしたモノは作れても、本物のイノベーションは作り出せない。だから新規格も苦戦している。まずは利益追求優先の間違った社風を改め、チャレンジする昔のオリンパスを取り戻すべきだ。
|
|
|
|
それと私がEシステムに見切りをつけたのは、OM-2SPの調整を小川町に依頼したところ拒否されたこと。それと土曜日のSSの窓口を閉鎖したこと。これだけで「こりゃ先はないわ」と二足三文でE-1を中古屋に叩き売りました。
確かにオリンパスは数字上は優秀な会社だが、かつての輝きはとうに失われてしまっている。
むろん懐古趣味といわれようが、OM-1,2,3TI,4TIと当時の高級レンズたちは絶対に売りません。デジタル時代だからこそ輝きを増しているように思います。
とにかく米谷さんの手向けに「すごい!もん」作ってみろよ、オリンパスのえせエリートさんたちよ。辰野クオリティはどうなったんだよ。ちょっとさびしい気がする。
|
|
|
|
補修用部品の保有期間はおおむね10年で、2002年に製造終了した
Last OMもそろそろ、その時期が近づいています。
企業によって10年とか15年とか違いがあるかな?
チタンカラーのOM-4Tiはとっくにその時期が過ぎていて、残念です。
|
|
|
|
一つの時代が終わったとの感慨があります。ありがとうございました。これからの時代は特徴ある製品こそ
必要になると思います。オリンパスに限らず、今の企業文化は職人や名人が産まれにくいかもしれません。
設計の思想に語るに値する製品をもつ日本のメーカには、どの分野でも頑張ってほしく思っています。
それが、今の日本と、日本製品に対する信頼・信用を作った先達への手向けでしょう。「前へ進め」。
|
|
|
|
どう見ても私怨で偉そうなやつがいて気分悪いな。
こういうこと書くと社員乙とか言い出しそうな頭の弱さも漂うけど。
|
|
|
|
麻生さんとどことなく似ている
|
|
|
|
あっそ。
|
|
|
|
コメントする
|