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【その他】写真を撮り、読むことの可能性(日経BPネット)
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【川辺秀美 「新社会人のための国語力」】
なぜ中高年になると写真を撮りたがるのか?
写真を読まない、写真が売れない不思議
まず買いたい写真集
カメラの距離は心の距離
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コメント
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まあ言ってる事は半分は正しいが写真がわかるのはインテリだなんて態度が敷居を高くしてんじゃないでしょうか?
そもそもいい写真って強要されるもんじゃありませんから、自然と入ってくる物ですよ。だいたい君を育ててくれたご両親の趣味を馬鹿にするもんじゃないよ。ご両親は苦節の中でそういうあたりまえの趣味があたりまえに楽しいことを見いだしたんじゃないのかい?秀美君が無造作に撮るコンパクト写真なんかよりご両親の微笑ましい姿に癒される人の方が案外多いんじゃないの?
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一方で、写真展の招待状が届くと、まず面白くないので、見に行くのを苦痛に感じるというインテリの嘆きもよく耳にするな。
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この記事、言わんとすることは何となく理解したけど、もうちょい具体的にならないのかな? 権威にぶら下がりながらつらつらと嘆いて「文化の喪失」と言われてもちょっと困った。
写真を『読む』という表現自体がハードルを作ってる気もする。
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なぜインテリはこういう文章を書きたがるのか?
空気を読まない、読めない不思議
まず買いたいのはカメラ
カメラのスペックは心の支え(笑)
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>カメラが多くの一般人にとって記録媒体であり、芸術表現として受け入れられていない現状は淋しいものがあります。
写真を撮っているアマチュアで、自分の撮る写真が
芸術的な表現だと思っている人は少ないのではないか?
自分もポートレート写真をメインに撮影しているが
自分の作品を芸術作品だと言う想いは無い。
自分の持っているイメージに近づけようといろいろと
試行錯誤しながらモデルにイメージを伝えて
撮っているがなかなか難しい。しかし、場数を
踏んでいくと、自分の撮るスタイルが自分なりに
わかってくる。それで充分満足している。
人に見せびらかす訳ではないのでそれでオーケーである。
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>>4
>まず買いたいのはカメラ
>カメラのスペックは心の支え(笑)
きっと写真を撮る人の大半はそうなんだろうね。一般的にはこんなプロセスか?
自分の撮った写真を見てあまりの下手さに落胆する→写真のテクニック本を見て努力はするが一向に上手くならない→カメラを良くすれば写真は変わると幻想を抱き買いまくるが、やはり上手くならない→買い換えを繰り返すうち、いつしか写真よりもカメラを愛している自分に気付く→自分の買ったカメラを他人が批判すると、自分自身を否定されたも同然で、激しい憤りを感じする。同時に写真の上手い人に対しても妬みを抱き、作品を批判しないではいられなくなる。
・・・写真を撮り始めると、人間性が破綻するということか?
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>6
>人間性が破綻する
出痔(digi)さん
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写真を見て「良さ」と言われるものがわからないことと、「良さ」を感じ取れるが言葉で表現できないことは違うのにあえて混同して書いている。いわゆる「良い」写真には普遍的な価値があるとでも考えているのか。写真集を買わずにネット上で写真をアップしてお互いに見るのは、高尚でないから駄目? 部下に写真展を見に行かせたり、どうもやっていることが押しつけがましい。
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鮮やかで,コントラストとエッジがきくコンデジで写真をとるだけで
素人目にはきれいだと感じる。
へた男の人間性破綻はこれだけで回避できる。
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>>6
文化として良いか悪いかとかは関係ないと思ってるよみんな。
同じ被写体をみんな追いかけて、『オレはこの機材でこれだけのクオリティでモデルや鳥を撮った』という世界。
趣味だからそれでいいと思うけど。
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>>9
現時点での現実的な解決法だね。
でもこの際メーカーさんにはもう一がんばりしてもらい、AUTOでフレーミングまでしてくれるコンデジを期待したい。ユーザは有名な写真家の作風をシーンモードから選ぶだけ。風景→竹内敏信、スナップ→森山大道、ポートレート→篠山紀信、とか選べば、どんな下手な奴でもプロ顔負けの写真が撮れる、そんなカメラがあったら良いんじゃないか?
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それよりも
1~11
サムネが違っていることになぜ突っ込まない?
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インテリだったらマチバの人間に「写真を“読み”なさい」だの
「文化の喪失を嘆く」だのブツクサ“啓蒙”するより、古代ギリシャの
ソフィストのように、(写真を以ってして)自己顕示欲を満たそうとする連中の
メンタリティの完全解読と、それを有り難がりそうな受け手の欲望を分析して
マッチングさせるシステムの開発をしなされ。
あ、あと
>まず買いたいのはカメラ
>カメラのスペックは心の支え(笑)
なんてナイスなコメントがあったので、ついでに書いとくと、
これからのマーケティングは、通り一遍の質問してハジキ出された
“棒読み”な回答にあわせてモノ造るんじゃなくて、心の奥底に
閉ってある“性癖”を引っ張り出すようにしなきゃね。
しかし心の奥底までに踏み込むとなると、“梨本”かそれ以上の
煙たい人間が跋扈するという諸刃の剣になるが、ホントに欲しいもの、
ホントにやりたいことができて満足できるなら、甘んじて受け入れましょw
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>12 さん
今まで気がつきませんでした
ご指摘ありがとうございました。修正しました
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久々に不愉快な気持ちにさせられた記事。
記事を書いた本人が、まったく(ブレッソンや土門の)写真を語れていないのだけど。
この人こそ「語彙」が貧弱なのではないだろうか。
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とりあえず、オサーンがカメラのスペックや画質を誇りたがる
という部分は同意できるなw
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この方がいう「語彙力」とは
「このお酒、軽くて飲みやすい」とか、「あなたにとって◯◯を一言で言うと?」
あと、機械としてのカメラ好きに多いけど「作例」って言葉とかね
そういうのが蔓延してる時代に生きてきて、年老いたらどーなの? っていう未来も見てるよ。
考えてないもん、全然、みんな。
ただね
西洋人がそんなに写真を語るか? と言えば答えはNO。
嘘付け(笑)、といいたい。
日本の写真ユーザーは昔っから、写真をあまり見ない、買わない。
だから、みんなと同じ風景を季節季節に大移動しながら追っかけてる。
考えてないからだよ、それは。ただの村社会論に過ぎない。
自分の写真に対する説明もできない。だから「作例」で済んじゃうしね。
自分の中に逃げ込んで、他者からの評価を受けないようにする、
なんというか、くらーい物を感じます。
あと、逆に写真集買いまくってる層というと、ここの層とは相反する
女子カメラな子たちだろうね。
だけど、彼女らも残念ながら買って読んで感じて
「この空気感、好きです」って言って終わり。終了。
言語以前というか、まぁ、だからカメラ選んだんだろうけれどね。
結論としてはこの方に、ぐうの音も出ない写真集を企画してもらえばいい。
御託並べる前に編集で結果出すべき。
あ、もしかしてもうそろそろ出版されるかもね。
そのくらいのことはやりかねないでしょ、この口調ならば。
元同業者としての勘です。
http://twitter.com/kawabee
twitterも参考になりますね
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いろんなことが言いたいんだが、整理がつかない。
むしろ未整理なまま繋ぎ合わせれば、相手が適当に解釈して「さも深い意味」がありそうに受け取ってくれそうだ。そんな甘ったれた論の典型だと思う。
だから「一眼不要」「携帯で十分」と始めて「マニュアルを薦める」という矛盾に気づかない。
ようするに「百聞は一見に」が嘘であることを言いたかったのだろう。
しかしだからこそ、素人の「作例写真」には「画外」の意味があるのだということが解っていないと思う。試しに昔の銀板写真に残った名も無き人の記念写真をじっくり見て欲しい。そこで何にも感じ取れないようなら、ブレッソンを白黒階調の芸術版画あつかいにしてもやむを得まい。
ま、写真を言葉で読めて、説明できると信じている言語学者もアウトだと思うなぁ。
オリジナルプリントを印刷で再現できると信じてる出版屋さんも…
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