デジカメNews(新着コメント) | デジカメ歴史館 | →絵日記について | 掲示板(談話室 雑談室) | リンク | メール | その他 | RSS | 4/3(情報板 画像板 リンク集)

2010年07月26日

【写真】リベンジ! 昔の飼い猫「にーに」に会いたい!!(ASCII.jp)

image【荻窪圭の“這いつくばって猫に近づけ”:第160回】

コメント
1 投稿者: (121.93.54.2) : 2010年07月26日 18:44

ねこにこんばんわ

2 投稿者: (115.162.107.212) : 2010年07月26日 20:43

そもそも折り合いがつかないからといって手放すようないい加減な人は
絶対にペットを飼うべきじゃない。
ペットはオモチャじゃなくて生き物です。
生き物を飼うときには、それ相応の覚悟と責任感をもって飼いましょう。
カメラに関係ない話でスンマソ。

3 投稿者: (121.80.59.108) : 2010年07月26日 20:49

>そもそも折り合いがつかないからといって手放すようないい加減な人は
>絶対にペットを飼うべきじゃない。

一般論としては異論無しだが、記事の荻窪圭氏は代わりの飼い主を見つけてから手放したわけで、「いい加減な人」には当たらないように思ったが、裏事情でもあるのだろうか?
単なる一般論の開陳だけだと荻窪氏批判に誤解され得るので書き方に注意した方が良いと思う。

4 投稿者: (115.162.107.212) : 2010年07月26日 20:54

家を仕切りで区切るなり、なんらかの方法があるのではないでしょうか。
だめなら誰かにもらってもらおうと考える時点で、十分に問題があるような気がします。
生き物を飼う覚悟とはハンパなものではないと、少なくとも私は思います。
神社で捨て犬を拾って15年飼っている者より、一応苦言を呈しておきます。

5 投稿者: (115.162.107.212) : 2010年07月26日 21:07

前回の記事を見る限りではボランティア的に「暫定的に飼っていた」となっていますが、
少なくとも文章から読み解くと「折り合いがつけば飼い続けた」とも解釈できます。
もちろん3さんが言ってるように、自分のコメントを冷静に読み直せばちょっと批判的
すぎる書き方かもしれませんね。
その点は反省。
先日も山奥で捨てられたずぶ濡れのフェレットを見つけて、腹が立ってたので
ちょっと大人げなく怒ってしまいました。すみませんでした。とほほ。

6 投稿者: (210.159.248.61) : 2010年07月26日 21:53

体だけ見ると乳牛みたい。
顔がまた、誰かに似ている・・・

7 投稿者: (210.159.248.61) : 2010年07月26日 21:54

体だけ見ると乳牛みたい。
顔がまた、誰かに似ている・・・

8 投稿者: (121.80.59.108) : 2010年07月27日 18:56

4さん、5さん、

もし15年前の神社に架空の3人がいたとして、
A氏は捨て犬を見て見ぬふりをした。(何の行動もとらない)
B氏は飼い続けられるかは自信は無かったが、居ても立ってもいられずに買うことにしたが、案の定買い続けられず別の飼い主を探した。
C氏は保健所に通報して、処分を依頼した。

この場合、覚悟ができていない場合の3人の行動のうち一番望ましいのはどれですか?

9 投稿者: (115.162.107.212) : 2010年07月27日 21:44

 狂犬病の撲滅に成功した日本ですが、現在再びその危険性が高まっているため
保健所に通報するという選択は、この中では少し意味合いが異なっているように
思います。
 動物の命はとても大切ですが、もっとも大切なのは人間の命です。
 人口密集地で頻繁に犬がうろつき、なんらかの危険性があると判断した場合は
保健所に通報しますが、そうでない場合は「A氏の放置する」を選択します。
 その犬がのたれ死ぬか、誰かの通報による保健所の追っ手を巻いて生き抜け
るか、それはその犬の生き物としての生存能力が問われることになるでしょう。
 人間が持つ「かわいそうだから」という意識は、所詮、人間自身の欲求を満足させる
ための行為に過ぎない場合が極めて多く(そうでない場合ももちろんあります)、
それは「かわいいから飼う」というものと大差ないものです。
 結果的にその安易な意識が、捨てペットを増加させる原因となっているのは
ご存じのとおりです。

 って、まあ度々カメラに関係ないことを、長々とすみませんね。

10 投稿者: (121.80.59.108) : 2010年07月28日 19:39

9

狂犬病という言葉が出てくるぐらいの社会性がありながら、条件付きにしてもAを選ぶというのは意外です。
Aというのは自分で判断することを放棄したパターンで最悪でしょう。
実際自分で判断するというのは辛いことで、逃げたい気持ちはわかりますが。
自分で判断するなら、犬にはもはや野生動物として生きる道は残っていませんから、飼うか殺処分かを選択するしかないです。
覚悟というからには保健所への通報しかありえないと思っていました。

カメラとは関係はないが、カメラの話題も、そんな書き込みもここにはないので構わないでしょう。

11 投稿者: (115.162.107.107) : 2010年07月28日 22:59

 9です。
 犬は生き物だから、生きようとする権利があります。その結果犬が人間を襲うように
なったとしても、それは犬の生きる権利を行使した結果であり、その場合は襲われる
人間と、その犬との間で生きる権利の争奪戦ということになります。お互い自己責任
です。また、田舎では生きるチャンスがないわけではありません。実際に私の犬は
(後の情報によれば)1ヶ月以上うろついていたようで、いろいろな危機からうまく
逃げおおせて生き延びた、と見ることもできます。

 ここで私が問題にしているのは、その生き物が結果的にどうなったかではないの
です。死ぬやつは死ぬし、生き残れるやつは生き残れる、これは人間を含
めての生物の掟ですから、そこにはこだわっていません。
 重要なのは人間の側の考え方で、特に「偽善的」な行為は問題が起きやすい
ケースです。生き物を大切にするということは「保護する」または「守ってやる」ことで
はないと思います。
 その生き物の持つ命と生きる権利を尊重することであって、「飼ってみてダメなら誰
かに・・」という考え方は、少なからずその生き物をモノとして見ているように感じます。
例えば自分の子供が毎日けんかをしてホトホト困ったときに「じゃあ誰かに育てて
もらおう」と判断するでしょうか。ひょっとするとする人もいるかもしれませんが、親とし
て人間として、生き物としての責任はどうでしょうか。少なくとも私はソコに、生き物を
扱う覚悟がないと判断します。

 ただし、私の意見は10さんの意見を否定するものではありません。
 10さんはたぶん、十分いろんなことを知っておられるでしょうから、こんなにグダグ
ダ書く必要もないでしょう。

12 投稿者: M-KEY(218.222.80.152) : 2010年07月29日 01:17

私は20年くらい前に事務所に迷い込んできた猫をとりあえず保護して、
新聞などで飼い主を探しましたが、数週間経っても現われずに
覚悟のないままなし崩し的に飼いはじめ、結局はその後17年間、
天寿を全うするまで共に暮らしました。
たしかに最初は「保護する」または「守ってやる」という
気持ちだったけど、逆にいろいろと得るものも多かったです。

#8の例なら「B」に該当するでしょうけど、もし温厚なネコではなく
凶暴でヒトにたいして攻撃性を持っていたなら「C」を選んでいたし、
事務所の中に来たのでなく、前の道を歩いているのなら「A」でしょうか?
というか、たいていのヒトは「見てみぬフリ」をすると思います。
生きる権利というなら、猪や鹿などの野生動物も同じでしょうが、
やっぱり、ヒトに対して危害を加える危険性があるかどうかが
放置するか駆除するかの分かれ目だと思いますし、
飼い犬なら飼い主の覚悟が優先されるでしょう。

http://www.kochinews.co.jp/?&nwSrl=252473&nwIW=1&nwVt=knd
http://www.j-cast.com/2006/08/23002663.html

コメントする









名前、アドレスを登録しますか?




(コメント投稿時のエラー表示について)