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まんがでわからない一眼レフ(その3)(デジカメWatch)

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カメラバカにつける薬 in デジカメ Watch:まんがでわからない一眼レフ(その3)
これまでのお話

【カメラバカにつける薬 in デジカメ Watch】
by 飯田ともき

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デジカメジン

コメント

  1. 匿名 より:

    自分と家族が写っている成長記録的な写真の多くは父の愛機ペンタックスSPによるものだ。
    自分も写真に興味を持ち始め、中学入学後初めてできた友達の家を訪問したらそこにも改良版SPFがあった。
    そしてその同級生と通う学校での担任もまた、教師になってすぐ中古で買ったSPを少し前まで持っていたという話だった。
    当時はそれ程まで身近に存在していたカメラだと思う。

  2. 匿名 より:

    警察の鑑識もSPだった。
    ニコンFよりもありふれたカメラだった。

  3. 匿名 より:

    うちにはSPFとペトリがあった。

  4. 匿名 より:

    東京オリンピックの記録撮影のアルバイトをした時にSPが支給され、米陸軍に入ったらSPを使っていて、慣れていたからすぐ使えたと著書に書いていた元グリーンベレーの日本人がいたらしい・・・。

  5. 匿名 より:

    TTL露出計を内蔵したカメラの発売はトプコンの方が早かったけど、SPの開発発表はその数年先だった。
    何よりSPは価格、性能、耐久力、レンズの汎用性、使いやすさととても完成度が高く当時においてベストなカメラ。
    伝説はニコンFだったけど、一眼レフを一般的に普及させたのは間違いなく9年連続ベストセラーだったペンタックスSP。
    でもこのSPが売れ過ぎた為、バヨネットマウントへの移行が遅れてしまい、ペンタは少しずつじり貧になってしまったのは皮肉

    • 匿名 より:

      バヨネットマウントへの移行遅れよりもMZ-D開発中止が大きかった。
      あと、HOYAとのゴタゴタ。

    • 匿名 より:

      自分世代では写真部でMXとか持ってる奴もそれなりにいたし、遅れたKマウント以降もまだ勢いは残っていた印象だけど、確かにその後はライバルが強烈過ぎて少しずつ元気が無くなっていった感じだね。

    • 匿名 より:

      ペンタックスが他社に明らかに遅れを取りだしたのはAF一眼レフ時代に入ってからだろうね。カメラ
      デザインも迷走したし、レンズの充実度もNやCに比べて明らかに劣っていた。

      • 匿名 より:

        会社に資料撮影用にSFXがあったけど、酷かったな。質実剛健のペンタのイメージまるでなし。

        • 匿名 より:

          SFXは酷かったが、その後のMZやZで盛り返した感はある。

          • 匿名 より:

            SFXはレンズ交換式一眼レフカメラでは、世界初の内蔵ストロボを搭載した功績が大きいね。

  6. 匿名 より:

    ペンタックスはSP系は人気でしたが、その後のKシリーズは不人気、
    Mシリーズは人気、SFXは不人気、MZシリーズは人気、
    と人気と不人気を繰り返している印象ですが、
    銀塩の頃はリミテッドレンズが人気でしたし、「ジリ貧」ではないと記憶しています。
    やはり、MZ-D開発凍結によるデジタル一眼レフへの参入遅れが大きいでしょう。
    そして、遅れて出てきたデジタル一眼レフがMZでなく、*istだったのもありますし
    時代がミラーレスに舵を切っている時に35mmフルデジタル一眼レフのK-1発売と
    ちょっとニーズから遅れていたのが致命傷になったと思います。
    ソニーα7の前にK-1を出せていたら少しは違っていたかも?

    • 匿名 より:

      MシリーズやMZシリーズは人気とはいえ一眼レフ業界4~5番手。
      SPの頃はペンタックスが覇権だったから。

      • 匿名 より:

        銀塩時は4〜5番手といっても5大メーカーの一角で存在感はあったが、今は空気に近い。

        • M-KEY より:

          35ミリフルサイズミラーレスは、ソニー独占状態だったのが50%を切っていますが「じり貧」とは感じません。
          同様に、1970年代に伸長するするキヤノンに対してペンタックスはシェアを落としました。
          対策として、それまで一眼レフしか作らなかったペンタックスはレンズ一体型にも参入しました。
          それでも、銀塩AF機の頃はキヤノン30%、ニコン25%、ミノルタ20%、ペンタックス15%、その他くらいの印象でした。
          SPの頃はペンタックス40%、ニコン 30%、その他くらいの比率なんでしょうか?
          少なくとも、私が中高生の頃はキヤノンとニコンがトップ争い、ミノルタとペンタックスとオリンパスが3位争いで、当時もリコーは少数勢力でしたが、今のリコーペンタックスよりは存在感はあったように記憶しています。
          やはり、デジタル移行後に存在感を失った印象が強いですね。

          • 匿名 より:

            一眼レフ参入はアサヒペンタックス→トプコン→ミノルタ→ニコン・キヤノン(ほぼ同時)の順番

            ニコン・キヤノンの一眼レフ参入は後発で、ニコンはFがプロに絶賛されたけど中級機はニコマート名義で別ブランドにしていた。
            キヤノンは長らくレンジファインダー機が好評だったこともありカメラ全体としては売れていたが、黎明期のキヤノン一眼レフは不評でFDマウントのF-1が登場するまでイマイチの評価だった。
            オリンパスはハーフサイズのペンFのみで、ずっと後にOMシリーズが出るまでは35mm一眼レフはなし。

            プロ機のニコンFを除くとSP時代のアサヒペンタックスのライバルは実質ミノルタのSRシリーズくらいしかなく、ペンタ断トツの黄金時代だったんですよ。

  7. M-KEY より:

    ドマイナーですが・・・

    オリンパスFTL:OMシリーズ:オリンパス
    オリンパス 技術・デザイン:OMシリーズ:オリンパスFTLのページです。

    たしかに一眼レフに限れば、1960年代のペンタックスは断トツの黄金時代だったのですが、その頃はカメラ=一眼レフという認識はなく、カメラ全体の傾向としては、オリンパスペンやトリップ、リコーオートハーフ、キヤノネット、ミノルタハイマチック、ヤシカエレクトロなどの中で突出した印象はなかったハズです。
    その後、OMやキヤノンAシリーズ、ミノルタXシリーズなどが台頭し昭和50年代には一眼レフブームが訪れたのですが、少なくとも、当時のペンタックスは今のニコンよりも存在感はありました。

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